地天泰 九五 天下が乱れ始めの時にする道

易経思想

それでもただ普通に過ごす

油断せず、いつも通りに過ごす

わたしたちの日常は、ものすごくいい世界になるために大浄化のはじまりとなる大峠に突入しました。今はまだ形にはなりませんが、食糧難になる手前の状況が今年はいります。もう、すでにわたしのブログを読んでいただいている方にはあらかたこの先のことを書きましたが、もう、これ以上の介入は不要です。ここまで来たら【肚を決めて真剣に生きる】のみです。

早速ですが、この世界はいつまでも同じように進んでいるわけではありません。いつまでも平和ということもなければ、いつまでも地獄というわけでもないのです。その流れというものを本来は人間は第六感という形でわかるようになっておりましたが、昨今は物質主義が行き過ぎて五感を失わせる環境が増え、同じ意見の者同士が集まり、全く別の観点から話し合う、というようなこともなくなったのでいつまでも世界線が変わらないまま、五感も使わないまま生きている人も多々います。

残念ながら、もうみんなを助けられる時代ではなくなりましたから真剣にこれからの未来に向かって(あの世の自分の向上という意味でも)真剣に生きていかねば、自分の心次第の世界に突入する今までとは違うかなり緊張のある時代になりました。

誰もかれもが不安に巻き込まれ、猜疑心に振り回され、コロナの時よりもひどく人の心は不安と恐怖で阿鼻驚嘆の地獄の様相になるとも予想されます。

 

しかしながら、わたしたち気が付いている人たちはそれに振り回されてはいけません。この世の中に善も悪もないのです。わたしたちがするべきことは、『今までと同じこと』です。そして、そのことにプラスして【心に人を感動させるくらいの善を育む努力を忘れない】こと、ただそれだけが自分を救うのです。

 

福を受けるものは忍耐を知る

わたしたちがしあわせになるために、今までは我慢する、努力するということが無駄だと切り捨てられて自分の自由や自分の出世や見栄ばかりが評価される時代になりました。しかしながら、それは世の中が平和だった時だけの特権です。わたしたちの世界は常に循環し、陰と陽が交じり合い、そして時には極となって巡り続けて居ます。

これからの時代は陰の時代です。陰とは基礎であり土台が固められる時代です。その土台とは『自分自身の芯』であり『自分の魂の芯』であります。ですから、何が大事で何が大事じゃないかを他人が決める世界線ではなく【自分自身で】決める時代です。その自分自身がそれぞれ個の働きを為し、お互いに支え合い、自分たちのやるべき役割を果たし、そしてみんなが勝手に幸せになっていく道こそが私たち人間が全員しあわせになる道のりなのです。

 

地天泰の九三の爻辞には

「九三、平らかなるとして傾かざる无く、往くとして復らざる无し。艱貞なれば咎なし。恤うる勿かれ、其れ孚あれ。食に于いて福有。」

とあります。

 

盛んになれば衰える、泰平が久しく続けば人が油断して怠慢になる、怠慢になれば安楽に興じ、それを貪り道徳が衰える。道徳が衰えば世の中が傾く。

こういう風にならないように安楽(心身の苦痛や生活の苦労がなく、穏やかで満ち足りている状態、あるいはそうした状態にすること)ばかりに興じ過ぎず、心を強くするために嫌なことにも目を傾け、バランスを取っていかねばいけなかったのです。

ですから、こういう状況になったときにするべきこととは

【むやみに憂うことをしない。むやみに心配していろいろな小細工をしなくていい。ただ人を喜ばせ、人に感動を与える人になりさえすれば、何も自分の周りには困ることはなにもなくなる】なのです。

 

人のために何かをする自分は自己犠牲ではない自分にならねば行えない

わたしたちの今の日本は特に、誰かから頼られるということよりも『依存される』等関係が強くあります。この関係上で人のために喜ばす、人を感動せしめる、ということは無理があるのです。

わたしたちはお互いに自立しあってはじめて成立する関係です。ですから、いい人というものを誤解してしまうと自分をとことん苦しめてしまいます。わたしたちがするべきことは『お互いの自立した関係同士』での話です。わたしたち自身が自分の為に行うことであっても他者が自分に依存してしまう関係ではそれは正しい善行とは言い難いのです。

わたしたちは、それぞれの役目を受けてこの世の中に生きています。お互いに自立しあう時には時に厳しく怒り、突き放し、そして何かをするべき時には手を差し伸べてあげる、という柔軟性が必要です。

そのためにわたしたちは、誰かに対して何をして、何をすべきでないかを学ばねばなりません。

その学んだことを元にして、自分のやるべきこと、人のためになること、人に感動させるような自分になることができるのです。

そして、これから数年間は日本人にとって魑魅魍魎、阿鼻驚嘆の連続になると思います。

しかし、わたしたち気が付いている人はその騒がしい喧騒に巻き込まれず、ただ自分のすべきこと、為すべきことをすればよく、自分がその周りの不安や恐怖に飲み込まれないように、自分自身の核というものをしっかりと持たねばいけないのですから、もっとたくさんの人たちがこのことを知って、何とか生き延びてほしいと願っています

 

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