いいことも悪いこともただ巡るだけ
陰極まれば陽となり、陽極まれば陰となる。
人間にはたくさんの陥りやすい困難艱難がある。易を見て思うことは、『素直に人の話を聞ける人間が一番賢い』ということであって、さらに言えば、素直に話を聞くために人を見る目があり、信じる人を見分けられる目を持つ人が一番賢いのです。
いろいろな側面から見たら、正しいことを言っているからと言って正しい人間ではなく、正しくないことをしていても正しい人間がいる。それは突き詰めるとわたしたちには「正解がわからない」ということです。
そして、その正しさというのは自分が苦労して、いやな思いをして、自分で自分の真実と正解を手さぐりに探して、間違えないように頑張って生きてこないとわからないものであったりするので正解が間違いだったと気が付くときには反省と後悔が残ります。
自分が変われば最初に信じたこともすべて違う、となることもしばしばです。
守破離の法則
武道などの物事を覚える順番という意味で守破離という言葉があります。この守は、人から教えてもらう基礎を守ることで、破とは、その基礎から少しはみ出してじっくり考える時であり、離とは、その根底の基礎の大事な部分と自分が真実だと思うことを統合させて、師匠から離れて自分の道を進みだす時なのです。
人の独立とは、まずは素直に聞く相手を持ち、そこから反抗心を少しずつ持って自立していく道を探ることに他なりません。そうでなくては実は基礎、土台という自分自身の軸が何かがあったら壊れてしまい、そこから立ち直るのに時間がかかってしまうからです。
昔は「あんな大人になりたくない」と言っていた若者も、その大人と同じようなことをし始めている。こうやって、時代はバージョンアップして『あんな大人になりたくない』大人を大きくしている。易の中、大本神諭の中、霊界物語の中にある、してはいけない、をより大きくして守るべき道理や根本を知らないで、自分の感情が正しいSNS社会の中で守破離の殻破り、独立、という基礎、土台がないまま突き進んで、その危ない生き方にきっと「それでは立ち直れなくなるよ」とも言ったとて、わからない人が増えていると思います
陰と陽の法則
この世には陰と陽、天と地、強いものと弱いもの、上と下、保守とリベラル、感情と理性…いろいろな裏と表が存在しています。今自分が抱えている感情とは全く別のものも【全く同時に】存在しています。
例えば
「死にたい」と考えていても全く違う『生きたい』が存在し
「キライ」と考えている自分の中に全く違う「好き」も存在し
「やりたくない」と考えている自分の中に「やりたい」も存在します。
「不安」があれば「希望」があります。
それらは時と場合によって、全く反対の感情を生み出すのですが、その時々によってわたしたちのこの裏側にある感情の意味は全く異なって形となって表れるのです。
例えば、今までの世界はリベラルが中心に大きく活動していました。いわゆる左翼です。昔はこの左翼思想を嫌悪していたけれど、いつの間にか左翼思想が受け入れられる世の中になったのです。
そして、それが各国の緊張の高まり、移民問題などによって極化して保守が台頭してきます。当然のように、片一方の力が強まるとそれが極めて強くなると反対が強くなる。小さかったものが大きくなっていくのです。
これからの世界
権力者が強かった時代が極を迎えました。これからは苦難の世界の中から庶民の中にリーダーが生まれ、女性が活躍するべきだ!と言っていた社会にも極が極まり、男性がこれからは違う意味で有利になる男性の社会がもうじき始まります。
わがままが過ぎれば厳しくなり、平和が過ぎれば極をを迎え、戦争がやってくる。自分だけが強い時代が極を迎えれば、みんなで生きる時代がやってくる。あまりにも贅沢が過ぎると一転して大飢餓を迎える。
たったこれだけのことを、わたしたち人間はわかればいいのです。
極が極まる、ということは非常にこの世の中を混乱させることなのです。ですから、わたしたち人間は陰と陽のバランスが大事で易の世界では中庸の徳が一番最も大事な徳だとされています。
正しいことをするべきである日常で、あえて 正しくないことをしなければいけない時もある。
すべてが正しいばかりではいけない時がある。
それが陰と陽のバランスで中庸の徳です。
この世の中は、白か黒かではなく、限りなくグレーの中に自分の中心があります。どちらに転んでもいいように、正しいということは何かという土台を知り、正しさを自分自身で見つけて確信し、そして自分を作っていかねばなりません。これからは自分軸がなければ誰も助けてくれない厳しい世界になります。しっかりと世の中の動向を定め、どのように生き、どのように逃げ切るか、戦略的に生きていく時代です。
その戦略というのも、易にあります。
正しい人になりなさい。
それが、唯一この戦乱の最中に自分を守る術なのです。これがわたしたちの土台になり、基礎なのです。正しい人になるということは、善の徳を積む勇気を持てる人です。
そして、仮にも悪い方に偏っていったとしても、そこが無限に続くわけではないということをまた、同時に理解していかねばなりません。
わたしたちの心次第の世界になるだけで、いいことも悪いことも捉え方と、時が変わるのを待つ心、素直な気持ちがありさえすればすべてが変わり、常にこの世界は回転し続けて居ると知るだけなので何が起きても大丈夫なのです。




