天沢履
人生をどう受け止めるか
天沢履 とは、小さいものが大きいものに履み従っていく形です。
現代の日本では、どうしても命令される、指示されるということが嫌悪される傾向が大変強まっているけれど、今までの上の立場の人たちが偉そうで道理も知らず、常識なく自分の感情に任せて怒鳴り散らし、人を懐柔させようとしたのだから仕方がないことではあります。けれども、本来は人は小さい何かを成し遂げようとするときには必ず大きい人たちの痕跡を追って、それに付いて従っていくのが常道なのです。
野球で言えば長嶋が歩んできた道をコツコツと研究し、バットを振り続け、そうして長嶋と肩を並べて指導してもらえるようになり、メジャーリーグに行って世界に名前をとどろかせた松井秀喜のように、または、全く何もないところからビジネスを始めるために、外国に留学し、最先端を行っていたアップルの社長であるジョブズに直接ビジネス相談をしに行き、インターネットに目をつけてyahooを日本で立ち上げ、携帯がスマホになるとわかれば携帯会社を立ち上げてジョブズとの約束を果たした孫正義のように、小さいものが大きいものの後を追いかけて、それらを踏み、進んでいくことはわたしたちが社会で何か成し遂げようとするときには大事なプロセスです。
そして、これらは困難も同時に発生しており、自分がしている苦労が身になるか、腐るかわからない。こういう悩みも困難となります。
相手を信じる、自分を信じる、未来を信じる、ということには【全く同時に】リスクもあるのです。
わたしたちは将来が全く見えず、自分の努力が無駄になり、やっていることが無意味に思えることが度々訪れるのです。しかし、この困難に陥る自暴自棄一歩寸前の気持ちを一歩視点を変えて困難を喜びに変え、指摘を前向きに受け止め、みんなと相なごみながら切磋琢磨していくことが大事になります。
ポジティブな自分もネガティブな自分も【全く同時に】存在している
人生も苦しみや困難をポジティブに変容し、様々な物事を喜びと友情を一緒にして歩んでいくときに、色々な分岐点に奇跡が起きます。わたしたちの人生とは一見したら苦しいことばかりで楽しいことが見えずらいのでわからないだけなのです。
人には必ず困難というものがあります。存在してきます。どうにもならないこともあるのです。
しかし、困難にもめげず友情を分かち合い、そして、自分自身のやるべき礼儀、秩序、そういった自分に必要な知識を様々な人から教えてもらいながら着実にわたしたちは成長していくことで自分の役割、自分が与えられた力量、そして自分が成したい大事業を成功させることができるのです。
大事業とは、この世の中で成果を出すことだけではありません。わたしたち自身が眠らせている大きな徳分(信用)の力を大きく蓄えていくとき、その時には眠っていても、何もしなくてもそれだけで世界は自分の思うような姿に変貌するのです。しかし、その道のりは困難がいくつもあり、その困難をどのように乗り越えてきたか、どのような姿勢で乗り越えてきたかによって、大輪の花を咲かせる形が世界に広がるのか、それとも自分の身の周りの人たちも一緒に咲いていくのかを体現するにすぎません。
これからの世界の生き方は、兌のやさしい心、喜ぶ心をいかに見つけていくかが大事な時期
世の中は、過剰に世界に自分を目立たせてそして役に立たせようとしています。
しかし、わたしたち自身の役割はそれぞれ違います。それぞれ違うからこそ、それぞれの困難や人生の苦難を分かち合い、そして励まし合って一緒に立ち向かっていくときほど、これほど未来のある乗り越え方はないのです。
わたしたちの世界は混沌と狂気に満ち始めましたが、わたしたち自身の心の中にある、やさしい心、困難があってもいつでも喜びを見つけることができる心、人と人が協力し合い、なごみ合う心がありさえすればどんな困難も乗り越えられるのです。
この世の中に何が起きても大丈夫なのです。





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