易の世界には見える世界と見えない世界が存在している
見える世界は物質世界、見えない世界は精神の世界
昨今の世の中は、見える世界を信じる人と見えない世界を信じる人の二極化の時代でもあります。宗教の悪い部分がそうさせてしまったことも一因としてあると思いますが(話せば長いので略しますが宗教批判ではありません)頑なに心を閉ざしている人が多くいるのも確かです。 しかしながら、この世界は【全く同時に】それらが存在しています。見える世界が存在し、見えない世界が存在し、物質が存在し、魂が存在し、そうしてそれぞれが意味を持ちながら影響を与えながら世界は回っています。
見えない世界と見える世界が【全く同時に】重なっている
この世界は振動の世界です。つまり、音であり、周波であり、言霊です。
聖書の
「はじめにことばあり」
は、まさにこれを指しているのです。現にブラックホールには音が発生しているのは科学で実証済みで、わたしたちの世界はただ単に幽霊などの心霊の世界だけではなく、見えないエネルギーの世界でもあります。
この振動の元こそが本物の神と言ってもいいと思います。わたしたちは、人間の肉体を持ちながら精神という目に見えないものも持っています。この精神というものがそれぞれ振動の波が違い、捉え方が違うのです。ラジオで言えば短波かFMかAMか、、みたいなものであり、受け止め方は千差万別なのです。 そして、肉体はそれらの精神を軸にして活動をします。 活動と精神は【全く同時に】働いているのです。
ですから、いろいろな周波数のキャッチをして高低があったとしても、わたしたちの精神がその高い波長から来た感覚を言語化するのは難しく、そして、肉体として行動することが難しい。 どちらかに偏ってもならず、どちらかに陥ってもいけないのです。
中庸の徳を磨くのが人としてのちょうどいいバランス
昨今、スピリチュアル界隈では宇宙人魂というのが地球に降りてきているというのが流行っているようです。
わたしはよくわかりませんが、宇宙人の魂を持つ人は非常に魂が軽いそうです。わたしたち人間はむしろ重い魂をもって活動しているように見えます。わたしたちのこの世界で精神や魂が重いということは、精神や魂を軽くするために必要な精神的な部分を考える必要であり、精神が軽いのであれば、現実的に意識的に精神に沿って正しく活動していかねばならない、ということになります。
ですから、宇宙人の魂を持つ方々は現実的に行動する役目が大きいのだと思います。そして、わたしのような魂や精神が重い人間は、どんどんカルマを解消するためにいろいろな試練に向かってたくましく生きていくのが実際には苦しい道ですが、それが自分の人生にとって一番の近道である、ということなんですが、現実は厳しいものです。
けれどもそういった現実を昨今は余り教えていませんね。
陰と陽の自然な働きというのは善も悪もありません。人間が善悪を決めてしまえば実際のところそのジャッジによって苦しめられることも多々あるのです。
正しい道を見つけるために
ブッダも八正道を教えましたが、八正道の正しい道の中にある正しさは自分で行動して見つけて確信していかねばならない、精神が重い人はその正解を探す旅が必要で、精神が軽い人はそれをすでに知っている、となります。 わたしたちはそれぞれの人にあったちょうどいいバランスで生きていく必要がありますが、わたしたちが実際のところすべての出来事に善悪をつけてしまうと、そこから矛盾した働きになってしまうことも易で見るとしばしばあります。
わたしたちのこの人間界という世界は霊界のエネルギーと物質界のエネルギーを肉体に同時に抱えて生きており、それをバランスよく自分の中で調和させて初めてグランディング(天(精神)人(具現化) 地(物質))をするようにできています。それが太極から別れた陰と陽の働きで、そのすべてだからです。天地の法則を大枠知っておくだけで、自分の生き方に広がりが生まれてきます。
この世界に精神がなければ物は成り立たず、物が存在する理由は原因があります。その働きが人間の善悪を元にして生まれるかと言えばそうではないことの方が多いのです。
生きるって難しいですね(笑)
この易経という教本は宇宙・自然・人間の生き方の道理を表しています。その流れを予測し、その働きを読むことを視覚的に理解することができ、自分自身も色々な方面でその理由を言語化しやすくし、万民にわかりやすく言葉を下ろすことができるようになるのです。この書物は、ある意味で霊界と現実界の橋渡しであり、物質界と精神界を繋ぐ架け橋で、万民すべての人たちの八正道の細かな詳細が書かれていると言ってもいいのです。 何をして、何をすべきでないか。大枠がわかり、それがわかればこの世界にある宗教の話はすべて道理が付き、何が正しくて何が正しいかが明確になれば人生は簡易になっていきます。
古代の文章は読むだけでも五感を呼び覚ますことにもなり、難しければ難しいほど素晴らしいのです。 そのうち、この書物の意味もなくなる時は来ると思いますが、今この時代だからこそ五感を呼び覚ますためにその意味をそれぞれが理解し、各々が正しいというものを各々で手さぐりで探して少しでも自分の人生に後悔なく生きていけたらしあわせだと思います。




