易経のことば ── 人生をよむ | 第三十二回
雷風恒とは
変わり続けながら、
変わらない
「ずっと続けなさい」と言われると、多くの人は同じ場所に留まることを思い浮かべます。ところが易経の「恒(つね)」は、まるで違います。──月は毎日かたちを変える。だが、その変わり方の順序だけは、何千年も変わらない。これが恒です。「雷風恒(らいふうこう)」を読みます。
この卦をひとことで
雷風恒(らいふうこう)は、易経・六十四卦の第32卦。恒には「常」と「久」の二つの意味があり、守るべき道を長く久しく変えないことを表します。卦辞は〈恒、亨、无咎、利貞、利有攸往〉。核心は──止まっていることではなく、絶えず変化しながら、その根底の道だけは変えないという点にあります。
01 ── 象(かたち)月は、変わり方を変えない
恒の卦は、下が風(巽☴)、上が雷(震☳)。──雷と風は、いつも一緒に来ます。公田連太郎は「雷と風とは密接なる関係を持っており、相与し相助ける」と読みます。激しく動きながら、離れない。それが恒の象です。
そして公田は、恒という字の中身をこう説きます。「月は三日月から始めて光を発し、満月になり、それからだんだん晦(か)けて行き、ついに晦になり、また三日月から始めて光を発する。変わることなく、始終、間断なく、この変化の順序は、いつも一定しており、変わることはない。これが恒である」。
ここが決定的です。月は毎日変わっている。にもかかわらず「恒」と呼ばれる。──恒とは、変化しないことではなく、変化の仕方が変わらないこと。動きの中にある一貫性のことなのです。
序卦伝は、前の咸(感じあう)からの流れをこう説明します。夫婦の道は、以て久しからざる可からざるなり──惹かれあうだけでは終われない。関係は、続いてはじめて関係になる。だから咸の次に恒が置かれています。
02 ── 卦辞(かじ)終れば則ち始め有り
恆。亨。无咎。利貞。利有攸往。
恒(こう)は亨(とお)る。咎(とが)无し。貞(ただ)しきに利(よろ)し。往く攸(ところ)有るに利し。
出典:公田連太郎『易経講話』雷風恒
注目すべきは最後の一句、利有攸往(往く攸有るに利し)です。「変わるな」という卦なのに、「進め」と言っている。
彖伝が、その理由を説きます。天地之道、恆久而不已也──天地の道は、恒久にして已(や)まない。公田はこう解きます。「天地の運行は、間断なく変化して、止まり息むことは決してない」。止まったら、恒ではなくなるのです。
そして、この卦でいちばん美しい一句。終れば則ち始め有るなり──終わりが来れば、そこにまた始まりがある。だから続く。続くとは、同じ状態が延びることではなく、終わりと始まりが繰り返されることです。
彖伝は続けます。日月は天を得て能く久しく照らし、四時は変化して能く久しく成す──日月は天という不変の場を得ているから久しく照らせる。四季は変化するからこそ久しく実らせる。不変の軸があり、その上で変化する。この二重構造が、恒の全体です。
03 ── 人生に置きかえると変えないものを、決めておく
大象が、実践の言葉を渡してくれます。
象曰。雷風。恆。君子以立不易方。
象に曰く、雷風は、恒なり。君子以て立ちて方(ほう)を易(か)へず。
出典:公田連太郎『易経講話』雷風恒・大象
方とは方向のこと。公田は「君子は、自分の立つべき正しい方向に確乎として立ち、みだりにその方向を変えない」と読みます。──変えないのは「方向」であって、「やり方」ではない。ここを取り違えると、恒は単なる頑固になります。
公田自身が、この卦の総括でこう整理しています。「時に応じて変通すべきことを知らぬのも、いたずらに動き変わって恒常の道を失うのも、いずれも恒の道に叶わない」。変えなさすぎも、変えすぎも、どちらも恒ではない。そして──「時に中する(時のよろしきに中る)ことが、恒の道の眼目である」。
続かない、と悩む時。たいていは「何を変えないのか」が決まっていないだけです。方向さえ決まっていれば、手段はいくらでも変えていい。むしろ変えなければ続かない。──それが恒の教えです。
04 ── 六爻(ろっこう)焦る、ぶれる、そして揺さぶる
恒の六爻は、続けることの失敗例のカタログのようになっています。焦りすぎ、ぶれすぎ、居座りすぎ、揺さぶりすぎ。──そして真ん中に、二つの正解が置かれています。
悩みの場面:いきなり深い関係・成果を求める/始めたばかりで焦る
浚は「深くする」。まだ浅い段階なのに、いきなり深さを求めるのが浚恒です。象伝は始め深きを求むればなり。
公田の説明が、そのまま現代に通じます。「世の中のことは、すべて一朝一夕にできるものではない。学問をするにも年月を積み重ねて努力勉強して、始めて学問が大成される。制度や法律を制定して発表したからといって、すぐに全国にうまく行われるはずはない。朋友の間の交際にしても、すぐに深い親交を要求するのはむずかしい」。
そして注目すべきは貞凶──正しくても、凶。求めている中身が正しくても、求める時期が早すぎれば凶になる。易は、正しさと時機を別々に採点します。
悩みの場面:条件が完璧でない場所で続ける/不利を努力で埋める
爻辞はわずか二字、「悔亡」。──悔いが消える、それだけです。
九二は本来、位が正しくない爻。公田は「位が正しくないので、本来ならば悔いのあるべきはず」と言います。ところが象伝が理由を明かします。能く中に久しければなり──中庸の徳に、長く久しく留まっていられるから。
条件の不利を、継続が打ち消している。この卦でいちばん励まされる爻かもしれません。置かれた場所が完璧でなくても、そこで中を保ち続ければ、欠点は消えていく。
悩みの場面:言うことがころころ変わる/方針が定まらない
徳を、恒常に保てない。公田は「あちらへ動きこちらへ動きして、自分の守るべき徳を恒常に保つことができない」と読みます。象伝は容るる所无きなり──どこへ行っても、受け入れられない。
ここで公田は、論語を引きます。孔子が「人にして恒无くんば、以て巫医と作る可からず」(一貫性のない人は、医者や祈祷師のような、人の命を預かる仕事にはつけない)と述べ、続けてまさにこの爻の言葉を引用しているのです。
──易経のこの一句が、そのまま論語に登場する。ぶれることの怖さは、二千五百年前から変わっていません。
悩みの場面:努力しているのに成果が出ない/合わない場所に長くいる
田は猟、禽は獲物。猟に出ても、獲物がない。象伝が理由を一言で言い切ります。其の位に非ざるに久しくす、安んぞ禽を得んや──自分に合わない場所に長くいて、どうして獲物が得られようか。
これは、恒の卦のなかでもっとも痛い指摘です。続けること自体は、正しさを保証しない。間違った場所での継続は、ただの消耗。──「続けているのに実らない」時、努力の量ではなく位置を疑え、という爻です。
悩みの場面:従うべき時か、決断すべき時か/立場で守るべきものが違う
六五は柔順で中庸の徳を持ち、それを恒常に守る爻です。──ただし、この爻辞は当時の男女の役割を前提にした説明になっています。公田も、婦人は柔順を守り通せば吉、男子(夫子)は「剛強果断にして正義を見定めて事を裁断すべきもの」だから、ただ人に従っているだけでは凶、と解いています。
時代の枠を外して読めば、この爻が言っているのは「立場によって、恒常に守るべき徳は違う」ということです。従う役割にある時は、柔順を貫くことが徳になる。決める役割にある時は、決めないことが凶になる。──同じ「変えない」でも、変えないものは立場ごとに異なる。自分がいまどちらの役にいるのかを、まず見定める爻です。
悩みの場面:上に立つ人が方針を揺さぶり続ける/落ち着かない
振は振るう、揺さぶる。恒の道そのものを揺さぶってしまう爻です。しかも上六はいちばん上の位にいます。象伝は恒を振るいて上に在り、大いに功无きなり。
公田は「恒の道を守るべき位にありながら、かえって恒の道を変動する」と読みます。──上に立つ人がぶれると、被害は組織全体に及ぶ。だから「小さく凶」ではなく「大いに功無し」と書かれています。
逆に言えば、上に立つ人にできる最大の貢献は、方向を動かさないことなのです。
05 ── 攻めと守り立ちて方を易えず
恒の「攻め」は、止まらないことです。卦辞に利有攸往(進むに利し)とあり、彖伝に恆久而不已(恒久にして已まず)とある。やめないことが、この卦の前進。そして終れば則ち始め有り──一区切りついたら、次を始める。それが続くということです。
「守り」は立不易方──方向を変えない。あわせて、初六の焦らない(浚恒の戒め)、九三のぶれない、上六の揺さぶらない。そして九四が示す、もうひとつの守り──合わない場所に居座り続けない。継続は、位置が正しいときにだけ力になる。
公田は総括でこう述べます。「変えてはならない根本の軸を長く堅持しつつ、時に応じて手段・方法を変える」。──変えないものを一つ決める。それ以外は、時に応じて全部変えていい。この線引きができた時、はじめて「続く」が始まります。
余白のひとこと ── 古典より
──松尾芭蕉の教え(向井去来『去来抄』所伝)
俳諧の道に、変わってはならない本質(不易)と、時代とともに新しくなるかたち(流行)があり、その二つは根においてひとつである──江戸期の日本が到達した、恒の思想そのものです。変わり続けなければ、変わらないものは守れない。雷と風が、激しく動きながら離れないように。
06 ── まとめこの卦からの一言
- 恒とは、止まることではない。月は毎日変わるが、変わり方の順序は変えない。「終れば則ち始め有り」──続くとは、終わりと始まりの繰り返しです。
- 変えないのは「方向」、変えていいのは「やり方」。「立ちて方を易えず」。この線引きができていないから、続かないのです。
- いきなり深さを求めない。「浚恒」=正しくても、早すぎれば凶。年月を積んではじめて深くなります。
- 合わない場所での継続は、消耗にすぎない。「其の位に非ざるに久しくす、安んぞ禽を得んや」。実らない時は、努力量より位置を疑う。
雷風恒は、続けたいのに続かないすべての人への卦です。続かない原因は、意志の弱さではなく「何を変えないか」が決まっていないことかもしれません。方向を一つ定めれば、あとは時に応じて自由に変えていい。
次回は、その恒の裏返し。長く留まってはいけない時、どう退くか──「天山遯(てんざんとん)」を読みます。
FAQ ── よくある質問雷風恒のギモン
雷風恒とは、どんな意味の卦ですか?
易経・六十四卦の第32卦です。恒は「常」と「久」の二つの意味を持ち、守るべき道を長く久しく変えないことを表します。卦辞は〈恒、亨、无咎、利貞、利有攸往〉。ただし止まっていることではなく、月が満ち欠けを繰り返しながらその順序を決して変えないような、変化のなかの不変を説きます。
「立不易方」とは、どういう意味ですか?
君子以て立ちて方(ほう)を易(か)えず、と読みます。自分が立つべき正しい方向に確かに立って、みだりにその方向を変えないという意味です。恒の卦の大象で、変えてよいものと変えてはならないものを分ける教えです。
「浚恒」とは、どんな戒めですか?
恒を浚(ふか)くする、つまりまだ浅い関係や段階なのに、いきなり深いものを求めることです。学問も政治も交友も夫婦も、年月を積んではじめて深くなる。初めから深さを要求すると凶だと説きます。
雷風恒は、どんな悩みの時に響く卦ですか?
続けたいのに続かない時、方針がころころ変わってしまう時、成果を焦って早く深い関係や結果を求めてしまう時、逆に合わない場所に長く留まりすぎている時などに響きます。