沢山咸とは|心を空けておく人に、人は集まる

易経のことば ── 人生をよむ | 第三十一回

沢山咸とは
心を空けておく人に、
人は集まる

ここから、易経は後半(下経)に入ります。前半が天と地の理から始まったのに対して、後半が最初に置くのは──人が人に心を動かされるという、いちばん柔らかい出来事です。「沢山咸(たくざんかん)」。感じあうことだけを、一卦まるごと使って説きます。

この卦をひとことで

沢山咸(たくざんかん)は、易経・六十四卦の第31卦。下経のいちばん最初に置かれた卦です。咸は「感」の古い字で、感じあうこと・心が動くこと。卦辞は〈咸、亨、利貞、取女吉〉。山の上に沢がある形から、大象は「君子以て虚にして人を受く」──心を空けておくから、人を受け入れられると説きます。

01 ── 象(かたち)易経の後半は、ここから始まる

六十四卦は、前半三十卦(上経)と後半三十四卦(下経)に分かれます。上経は乾為天=天から始まりました。では下経は何から始まるか。──若い男女が、互いに惹かれあうことからです。

公田連太郎は、序卦伝のこの一節を引きます。天地あって然る後に万物あり。万物あって然る後に男女あり。男女あって然る後に夫婦あり。夫婦あって然る後に父子あり。父子あって然る後に君臣あり。──親子も、上下関係も、社会の秩序も、すべては「二人が感じあった」ところから始まっている。だから下経は咸から始まるのです。

卦の形は、下が山(艮☶)、上が沢(兌☱)。山の上に、水をたたえた沢がある。そして艮は少男(若い男)、兌は少女(若い女)。若い男が下にいて、若い女が上にいる。──この配置そのものが、この卦の答えです。

02 ── 卦辞(かじ)男が、女に下る

咸。亨。利貞。取女吉。

咸(かん)は亨(とお)る。貞(ただ)しきに利(よろ)し。女を取(めと)れば吉。

出典:公田連太郎『易経講話』沢山咸

彖伝が、この卦の構造を三語で言い当てます。

柔上而剛下(柔上にして剛下る)──柔らかいもの(沢)が上に、剛いもの(山)が下に。力のあるほうが、下にいる

止而説(止まりて説ぶ)──艮は止まる、兌は悦ぶ。公田はこう読みます──「内側でまず止まって、それから外に向かって悦びが現れる。むやみに外へ飛び出すのではなく、内側に軸を持ってから感応するのが正しい咸の道」感情が先に走らない。まず内で止まる。それから応じる。

男下女(男、女に下る)──男が、下から誠意をもって向かう。上から動かそうとするのではなく、下から誠実に向かうことで、相手の心が動く

そして彖伝は、この小さな出来事を一気に宇宙大へ広げます。天地感じて万物化生す。聖人は人心を感じて天下和平なり──天地が感応しなければ、何も生まれない。人の心を感じ取れる者がいてはじめて、世は穏やかになる。
結びの一句が見事です。其の感ずる所を観て、天地万物の情見る可し──何に心を動かされているかを見れば、その人がわかる

03 ── 人生に置きかえると心を、空けておく

この卦のいちばん実用的な言葉は、大象にあります。

象曰。山上有澤咸。君子以虚受人。

象に曰く、山上に澤有るは咸なり。君子以て虚にして人を受く。

出典:公田連太郎『易経講話』沢山咸・大象

なぜ山の上に沢の水が溜まっていられるのか。公田はこう説明します──「山は充実しているように見えるが、内に無数の隙間がある。その空虚な隙間が、沢の水をよく受け入れることができる」

ここから、の教えが出てきます。「自分の心が先入観や固定観念で満ちているときは、人の言葉を受け入れられない。虚にして初めて感応が生まれる」

──話が通じない、と感じる時。多くの場合、問題は相手の伝え方ではなく、こちらの隙間の量です。すでに答えを持っている人には、誰も何も入れられない。心に空きがある人のところに、情報も人も集まってくる。それが咸の卦の、きわめて実務的な結論です。

04 ── 六爻(ろっこう)足の指から、口先まで

咸の六爻は、他に例のない構成をしています。下から順に、体の部位を上がっていくのです。足の親指、ふくらはぎ、太もも、心、背中、そして口。感じることが、どこまで深く入っているかを測る目盛りになっています。

初六|咸其拇咸其拇(その ぼに かんず)

悩みの場面:気になり始めたが、まだ動けない/関心の芽生え

は足の親指。感じることの、いちばん浅い段階です。象伝は志外に在るなり──気持ちが外に向き始めた、というだけ。まだ動き出してはいません。
吉凶が書かれていないことに注目してください。関心が芽生えること自体は、良くも悪くもない。ここから何をするかが問われるのです。

六二|咸其腓咸其腓、凶、居吉(そのこむらに かんず、きょう、おれば きち)

悩みの場面:気持ちが先走って動きたくなる/待つべき時に待てない

はふくらはぎ。公田は「こむらは、自分では動くことができない部位である」と指摘します。感じることが深まってきた。だが──自分から動き出せば凶、じっとしていれば吉(凶、居れば吉)。

象伝は順にして害ならざるなり柔順の道を守って、機が熟すのを待つ。動きたい気持ちがいちばん強い段階で「動くな」と言われる、難しい爻です。──しかし易は明快です。感じたからといって、すぐ動くのが誠実さではない

九三|咸其股咸其股、執其随、往吝(そのももに かんず、そのずいを とる、ゆけば りん)

悩みの場面:人に流されている/自分の軸がないまま合わせてしまう

は太もも。九三は剛強な陽爻ですが、公田は「自分の道を固く守ることができず、人に随うことを執り守っている」と読みます。執其随──握りしめているのが「人に従うこと」そのもの
象伝は志は人に随うことに在り、執る所は下なり固く守るべき自分の道があるのに、代わりに「合わせること」を守ってしまっている。だから往吝=進めば恥ずかしい。──共感と、同調は違うのです。

九四|憧憧往来貞吉悔亡、憧憧往来、朋従爾思(ていきち くいほろぶ、しょうしょうとして おうらいす、ともは なんじのおもいに したがう)

悩みの場面:親しい人にばかり肩入れしてしまう/身内だけが賛成してくれる

この卦の主爻にして、いちばん人間くさい爻です。位置は心臓のあたり。ここで易は、感応の本題に切り込みます。

憧憧とは、公田いわく「ぼんやりとして心の定まらないさま」。あちこちに気を配って行き来する。その結果どうなるか──朋従爾思縁故のある同類だけが、あなたの思いに従ってくれる
象伝は静かに評します。未だ光大ならざるなり──まだ広く大きくない

公田はこう結びます。「感ずる道が正大公明であれば、縁故なくとも天下の人が感動する。九四の課題は、私心(縁故・えこひいき)を超えて、正大公明な感応に至ることである」。──身内が賛成してくれるのは、共感が広いからではなく、身内だから。この爻は、そこを見抜いています。

九五|咸其脢咸其脢、无悔(その ばいに かんず、くいなし)

悩みの場面:感情に振り回されたくない/静かに構えていたい

背中の肉。心臓より上にあって、しかも自分では見えない場所です。公田はこの境地を「物来たれば順応し、物来なければ心無し」と表現します。来れば応じ、来なければ動かない。止まるべきところに、止まっている

だから无悔=悔いなし。ただし象伝は志未なるなりと添えます。まだ十分に広がってはいない。今はじっとしているのが正しい──静けさを、完成ではなく途中として置く。ここに易の慎重さがあります。

上六|咸其輔頬舌咸其輔頬舌(その ほ・ほお・したに かんず)

悩みの場面:口先だけになっている/すぐ言葉に出てしまい、心に貯まらない

ついにまで来ました。輔は頬骨、頬はほお、舌。──すべて、しゃべるための器官です。象伝は騰口説なり口先で勢いよく述べ立てているだけ

公田の描写が的確です。「感ずるところが浅く、器量が小さく、たちまち物事に感じてすぐ言葉に出てしまう。さかんに言葉にあらわれるが、心の中に深く貯えておくことができない」
──足の指から始まった感応が、心を通り、背中を経て、最後に口に到達する。そして口に来た時、それはいちばん浅くなっている。この配置は、痛烈です。よく語る人が、深く感じているとは限らない

05 ── 攻めと守り虚にして受け、止まってから悦ぶ

咸の「攻め」は、下から誠意で向かうことです。男下女──立場や力を使って上から動かそうとしない。下から、誠実に。そして九四が示すように、その感応を身内の外へ広げる。縁故で集まった賛同は、まだ「光大ならず」。知らない人の心まで動いてはじめて、感応は本物になります

「守り」はです。虚にして人を受く──心に隙間を空けておく。止而説──まず内で止まってから、外へ悦びを出す。六二の「動きたい時こそ、居れば吉」、九三の同調への戒め、上六の口先への警告感じやすい人ほど、止まる力が要る──この卦は一貫してそう言っています。

余白のひとこと ── 古典より

魚心(うおごころ)あれば、水心(みずごころ)。

──日本の古諺

魚に水を思う心があれば、水にも魚を思う心が生まれる──。感応は、必ず双方向に起こるという日本の教えです。咸の卦が説く「二気感応して以て相与す」そのもの。まずこちらが心を向ける。そこから相手の心が動く。順序を逆にしないことが、この卦の要です。

06 ── まとめこの卦からの一言

  1. 心を空けておく。「虚にして人を受く」。山に隙間があるから水が入る。すでに答えを持っている人には、誰も何も入れられません。
  2. 下から、誠意で向かう。「男、女に下る」。上から動かそうとせず、下から誠実に向かうことで、相手の心は動きます。
  3. 身内の賛同を、共感と勘違いしない。「朋、爾の思いに従う」=未だ光大ならず。縁故を超えて届いてはじめて、感応は広がります。
  4. 感じても、すぐ動かない・すぐ言わない。六二「居れば吉」、上六「口先だけ」。感じやすい人ほど、止まる力が必要です。

沢山咸は、人と心が通じないと感じているすべての人への卦です。伝え方を変える前に、自分の心に隙間があるかを見る。そして、下から、誠実に。──易経の後半は、この静かな一卦から始まります。
次回は、感じあった二人がその関係をどう続けていくか。「雷風恒(らいふうこう)」を読みます。

FAQ ── よくある質問沢山咸のギモン

沢山咸とは、どんな意味の卦ですか?

易経・六十四卦の第31卦で、下経のいちばん最初に置かれた卦です。咸は「感」の古い字で、感じあうこと・心が動くことを意味します。卦辞は〈咸、亨、利貞、取女吉〉。山の上に沢がある形で、大象は「君子以て虚にして人を受く」──心を空けておくから人を受け入れられる、と説きます。

「虚にして人を受く」とは、どういう意味ですか?

心を空虚にして人を受け入れる、という意味です。山は充実して見えても内に無数の隙間があり、だから沢の水を受け入れられる。人も、心が先入観や思い込みで満ちていると相手の言葉が入りません。空けておくことが、感じあう条件だと説きます。

なぜ易経の下経は、咸から始まるのですか?

序卦伝に「天地あって然る後に万物あり。万物あって然る後に男女あり。男女あって然る後に夫婦あり」とあり、人と人との関係の出発点が男女の感応だからです。上経が天地の理から始まるのに対し、下経は人の情から始まります。

沢山咸は、どんな悩みの時に響く卦ですか?

相手と心が通じない時、伝えているのに伝わらない時、人の話を素直に聞けなくなっている時、身近な人にばかり肩入れしてしまう時、口先だけになっていると感じる時などに響きます。