連載:2027年への羅針盤——易経で読む地政学と経営
第3回 / 2026-06-05
この連載について
世界の地政学的変動を、易経の卦で読み直す。国家・指導者・地域の動きを卦に当てはめることで、データが示す数字の「奥」にある構造を経営判断に活かす。全6回。
この連載の軸:外の世界が坎・否・剥になるほど、自社の内側に地天泰を作れる経営者だけが次の時代を開く。
この連載の現在地
第1回:二重の危機を抜ける経営(坎為水・第29卦)
第2回:動かないことが最大の戦略(地水師・第7卦)
▶ 第3回(今回):争いで得た地位は尊ばれない——拡大路線の末路(天水訟・第6卦)
勝ち続けても、剥ぎ取られ続ける
2025年のロシアの軍事支出はGDP比7.5%(約16兆ルーブル)。しかし2026年予算では前年比▲4%——全面侵攻以来、初めての名目削減だ。
国家資産基金は戦前の1,850億ドルから約357億ドルへ激減(▲81%)。2026年第1四半期の財政赤字は、通年目標を既に超過した。財務省・中銀高官がプーチンに直接進言している——「財政赤字が危険な水準に拡大している」(Bloomberg内部文書)。
勝ち続けているはずなのに、何かが剥ぎ取られ続けている。クリミア占領で孤立した。ハルキウから撤退した。ドンバス宣言は膠着した。SPEF(サンクトペテルブルク国際経済フォーラム)開催中にウクライナに石油ターミナルを攻撃された。
争いによって得たものは、争いによって失われていく。
易学の視点:天水訟——争いが生む構造
2026年の占断——プーチン(個人)は天水訟(第6卦)上九爻:勝っても奪われる、安定の出口がない。ロシア国家は同卦 六四爻:争いから退き使命に戻れば吉への道がある。二者が同じ卦の異なる爻に出た。その構造を読む。
乾(天)が上にあり、坎(水・険)が下にある。天は上へ向かい、水は下へ流れる——二者は相反する方向へ動き、対立と争いが生まれる。訟(訟える・争う)の象だ。
上九爻がその末路を語る。
「或錫之鞶帯、終朝三褫之。」
(易経 第6卦 天水訟 上九爻)
象伝は「以訟受服、亦不足敬也」——「争いによって地位(服・鞶帯)を受けても、尊ばれるには足らない。」
「鞶帯(はんたい)」は儀礼用の革帯、地位と栄誉の象徴だ。それを争いで手に入れても、「終朝三褫(ひとつの朝が終わらないうちに三度剥ぎ取られる)」——すぐに奪われる。
しかし易経は訟の国家(六四爻)と個人(上九爻)を区別する。六四爻はこう言う——「不克訟、復即命、渝、安貞吉」。「争いに勝てないが、本来の命(使命)に立ち戻り、方針を転じれば吉。」国家には収束の道があるが、争いで地位を得た個人には、その道が見えにくい。
組織(国家・会社)には、使命に戻る道がある——四爻の安貞吉がそれだ。しかし上爻の個人——争いによって地位を得た者——は、退くことが自己否定になる。「後退は負け」という認知が、出口を見えなくする。会社に出口があっても、経営者が引けない——これが上爻の経営的本質だ。
「争わずに得る」経営の四つの実践
実践①(攻):競合を打ち負かすより、顧客を深く育てる
価格競争・シェア争いで勝っても、その顧客は「より安い競合」が現れた瞬間に離れる。争いで得た顧客は争いで失う。顧客が「他では得られない」と感じる価値を深掘りすることが、訟の外に出る道だ。
実践②(攻):「命(使命)に立ち戻る」判断を定期的に行う
六四爻の「復即命(本来の使命に戻る)」を経営に当てはめる。年に一度、「今の事業展開は本来やりたかったことに沿っているか」を問い直す機会を持つ。争いに引きずられて使命から離れていないかを確認する。
実践③(守):拡大路線のコストを正直に計算する
新規市場・競合対策・シェア拡大のために投下したコストと、そこから得た利益を正直に比較する。「争いによって得たもの」の純利益を出す。鞶帯の実質価値が見えてくる。
実践④(守):「安貞(落ち着くべき場所)」を先に決める
訟の処方は「安貞吉」——正しいところに落ち着くことが吉だ。競争から退いて「ここで深める」と決めた領域を一つ持つ経営者は、訟の渦に引き込まれにくい。
国家資産基金が▲81%になっても戦いを続けるのは、「安貞」の場所が見えていないからだ。
経営でも同じ構造が起きる。争いをやめると「負け」に見える。しかし易経が告げるのは、争いで得た地位は尊ばれず、本来の使命に戻った者だけが最終的に吉を得る、ということだ。
※本稿はSIPRI軍事支出データベース(2026年)・Bloomberg内部文書(財務省進言)・ロシア中央銀行国家資産基金報告のデータに基づきます。
※本連載で使用している易卦(卦・爻)は、筆者が実際に本卦占断を行った結果に基づいています。
連載「2027年への羅針盤——易経で読む地政学と経営」 / 易stratgy.lab / 2026年6月5日

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