地沢臨とは|人に向き合う、上に立つ者の作法

易経のことば ── 人生をよむ | 第十九回

地沢臨とは
人に向き合う、上に立つ者の作法

人を指導する。育てる。まとめる。──立場が上がると、必ず「人に向き合う」場面が増えます。愛想よくすればいいのか。厳しくすべきか。自分の考えを通すのか、人の意見を聞くのか。下に臨む者の態度を、六つの型で示した卦があります。地が沢を静かに見おろす「地沢臨(ちたくりん)」です。

この卦をひとことで

地沢臨(ちたくりん)は、易経・六十四卦の第19卦。やや高い地(坤☷)が、低い沢(兌☱)を見おろす形で、「臨=高い位置から下に臨み、統べ育てる」卦です。卦辞は〈臨、元亨利貞、至于八月有凶〉。核心は──勢いが伸びる時に、真心と智慧をもって人に臨むこと。そして盛んな時こそ、衰えを先回りして戒めることにあります。

01 ── 象(かたち)地が、沢を見おろす

地沢臨は、上に地(坤☷)、下に沢(兌☱)を置いた卦です。公田連太郎はの字をこう説きます──「望」が遠くを見るのに対し、「臨」は高いところから低いところを見おろすこと。やや高い地が、低い沢を静かに見おろしている。上に立つ者が、下の人々に向き合う姿です。

そして大象は、その向き合い方を美しく定義します。教思无窮、容保民无疆──教え、思うことに窮まりがなく、人を包み容れ、安んずることに限りがない。教えることと、思うこと。包容することと、安心させること。この四つを、際限なく続けること。それが、上に立つ者が下に臨む道だと公田は読みます。

もうひとつ大事なのが、この卦の勢いです。下に生まれた二つの陽が、だんだんと伸びていく。彖伝は剛浸くにして長ず=水が物を浸すように、じわじわ盛んになる、と読みます。力が伸びていく時期に、人に向き合う。それが臨の「時」です。

02 ── 卦辞(かじ)「八月に至りて、凶有り」

臨、元亨利貞。至于八月有凶。

臨は元(おお)いに亨(とお)る。貞(ただ)しきに利(よろ)し。八月に至りて凶有り。

出典:公田連太郎『易経講話』地沢臨

まず元亨利貞。乾と同じ四つの徳をそなえ、大いに通じ、正しく貫けば実る。勢いが伸び、人に向き合う時期は、本来めでたい時なのです。

ところが、そこに突然、鋭い一句が加わります。至于八月有凶──八月に至って、凶がある。公田は、これを陰陽の消長で説きます。臨は旧暦十二月、陽が二つ伸びはじめた卦。けれど、そこから八ヶ月たてば「風地観」=陰が四つの卦になり、陽ははなはだしく衰える。つまり、今まさに勢いが伸びている、その絶好調のときに、必ず来る下り坂を予告しているのです。

これは脅しではありません。彖伝は消すること久しからざるなり=陽が衰える時は、そう遠くない、と静かに告げます。伸びている時に、衰えを先回りして知っておく。それができる者だけが、勢いを長持ちさせられるのです。

03 ── 人生に置きかえるとどう、人に向き合うか

地沢臨が響くのは、人を指導し、育てる立場に立った時です。部下ができた。後輩を任された。子どもや生徒に向き合う。チームをまとめる。──前回の「蠱(立て直し)」で澱みを正したあと、序卦伝はこう続けます。事有りて而る後に大なる可し。問題に取り組んだ人は大きくなり、大きくなれば、人に臨む道が必要になる。

この卦のおもしろさは、「臨み方」を六つの型に分類しているところです。感じ合って臨む。甘い言葉で臨む。真心で臨む。智慧で臨む。手厚さで臨む。──そのどれを選ぶかで、人はついてくるか、離れるかが決まります。公田がとりわけ対比するのが、甘臨(うわべの愛想)と至臨(至極の真心)。人に好かれようとする態度と、心から向き合う態度は、まったく別物なのです。

次の六爻は、その六つの臨み方です。あなたの、人への向き合い方はどれに近いでしょう。

04 ── 六爻(ろっこう)甘い言葉か、真心か

臨の六爻は、下から順に「臨み方」の型が並びます。咸臨・甘臨・至臨・知臨・敦臨──それぞれ、まったく違う向き合い方です。

初九|咸臨咸臨、貞吉(かんりん、ていにしてきち)

悩みの場面:まず心を通わせたい/立場でなく、感じ合うことから始める

は「感」。感じ合って臨む。公田は、初九が正しい志をもち、上の相手と感応して信任を得ると読みます。象伝は志、正しきを行う。人に向き合う第一歩は、指示や立場ではなく、心が通じ合うこと。そして通じ合うためには、こちらの志が正しくなければならない。正しさが、感応の土台です。

九二|咸臨咸臨、吉无不利(かんりん、きちにして よろしからざるなし)

悩みの場面:上の意向に従うか、諫めるか/間違った指示への向き合い方

同じく感じて臨む。剛にして中庸の徳をもち、上の明君と応じるから「吉にして利しからざる無し」。注目は象伝の未だ命に順わざるなりです。公田は、これを「君命に従うべき時は従う。けれど、誤った命令には従わず、諫め申し上げるほうが勝るときがある」と読みます。人に向き合う誠実さとは、盲従ではない。時に、違うと言えることもまた、臨む者の徳です。

六三|甘臨甘臨、无攸利、既憂之、无咎(かんりん、りするところなし、すでにこれをうれえば、とがなし)

悩みの場面:愛想と口先でうまくやろうとする/人に好かれたくて中身を欠く

甘臨=甘い言葉とやわらかい態度だけで人に臨む。いわゆる巧言令色です。公田は「誠実な真心がなく、甘言と愛想で人を悦ばせて上に立っている。これでうまくいくはずがない(无攸利)」と断じます。──けれど救いがある。それを憂え、改めれば、咎は長引かない(既憂之、无咎)。愛想でごまかしてきたと気づいた時が、変われる時なのです。

六四|至臨至臨、无咎(しりん、とがなし)

悩みの場面:心から向き合いたい/表面でなく、本気で人に関わる

至臨=至極の真心をもって臨む。公田は「六三とは正反対」とはっきり書きます。うわべの甘言(六三)に対して、底までの誠実さ(六四)。位が正しく、下の相手と深く応じ合っているから、咎がない。技術でも愛想でもなく、本気で向き合っているかどうか──人はそこを敏感に見抜きます。

六五|知臨知臨、大君之宜、吉(ちりん、たいくんの よろしきなり、きち)

悩みの場面:自分の判断だけで進めがち/人の知恵を借りられるか

この卦の理想。知臨=智慧をもって臨む。ただしその中身が見事です。公田は「たとえ自分にどれほどの智慧があっても、それを用いず、天下の賢人の智慧を自分の智慧とする」と読みます。自分ひとりの頭で決めない。人の知を集めて用いる。これこそが大君(上に立つ者)にふさわしい道であり、それを易は「大智」と呼びます。

上六|敦臨敦臨、吉、无咎(とんりん、きちにして とがなし)

悩みの場面:第一線を退いた立場から人を支える/手厚く見守る役割

敦臨=手厚い徳をもって臨む。上六は位のない立場──公田は「山林に隠棲した人、あるいは天子の師匠のような存在」と読みます。権限はもうない。それでも、手厚い徳で人に向き合い、その志は下の有為な人々に向けられている(志在内)。役職を離れてなお、人を厚く支える。臨の卦が最後に置く、円熟した向き合い方です。

05 ── 攻めと守り伸びる勢いと、先回りの戒め

地沢臨の「攻め」は、伸びていく勢いです。剛浸くにして長ず──二つの陽が、じわじわと力を増していく。下は和み悦び(兌)、上は柔順に受け入れる(坤)。この上下の呼吸が合ったとき、組織も人も、気持ちよく伸びていきます。人に臨むなら、感じ合い(咸臨)、真心を尽くし(至臨)、人の知恵を用いる(知臨)。それが攻めの臨み方です。

けれど、この卦の白眉は「守り」にあります。至于八月有凶──いちばん勢いのある卦辞に、八ヶ月後の衰えが、あらかじめ書き込まれている。公田は、陽が盛んな時こそ、後に必ず来る陰の時期を警戒すべきだ、と読みます。好調の絶頂で、下り坂を先回りして知っておく。そして人に対しては、甘言(甘臨)に逃げず、盲従もせず(未順命)、真心で向き合う。伸びる勢いと、先回りの戒め。この両輪が、臨の卦の要です。

そして「八月」に何が起こるのか──易は、次の卦でその答えを示します。臨の裏返し、上から静かに観る卦「風地観(ふうちかん)」。臨が「上から下に働きかける」なら、観は「下から仰ぎ観られる」。次回は、その見られる立場の卦を読みます。

余白のひとこと ── 古典より

山高きが故に貴からず、樹有るを以て貴しとす。
人肥えたるが故に貴からず、智有るを以て貴しとす。

──『実語教』(日本の古い教訓書)

山は、高いから尊いのではない。樹があるから尊い。人は、恰幅がいいから尊いのではない。智慧があるから尊い──。日本で長く読み継がれた寺子屋の教科書の冒頭です。高いところから人に臨む立場にあるとき、尊いのは「位置」ではなく「中身」。臨の六五が説く知臨──人の智慧を集めて用いる大智こそが、上に立つ者を尊くするのです。

06 ── まとめこの卦からの一言

  1. 甘い言葉より、真心で。愛想と口先だけの「甘臨」はうまくいかず、至極の誠実さ「至臨」に人はついてきます。気づいて改めれば、咎は長引きません。
  2. 自分の知恵より、人の知恵。「知臨」。自分にどれほどの智慧があっても、それを誇らず天下の知を集めて用いる。それが上に立つ者の大智です。
  3. 伸びている時に、衰えを知る。「至于八月有凶」。勢いの絶頂に、下り坂が書き込まれている。先回りできる人だけが、勢いを長く保てます。

地沢臨は、人を育て、導くすべての人への手引きです。心を通わせ、真心で向き合い、人の知恵を用い、手厚く見守る。そして伸びている今こそ、来る衰えを静かに見据える。次回は、臨の裏返し──仰ぎ観られる立場を説く「風地観(ふうちかん)」を読みます。

FAQ ── よくある質問地沢臨のギモン

地沢臨とは、どんな意味の卦ですか?

易経・六十四卦の第19卦で、やや高い地(坤)が低い沢(兌)を見おろす形。「臨=高い位置から下に臨み、統べ育てる」卦です。卦辞は〈臨、元亨利貞、至于八月有凶〉。真心と智慧をもって人に臨むこと、そして盛んな時こそ衰えを先回りして戒めることを説きます。

「至于八月有凶」とは、どういう意味ですか?

臨は陽が伸びる旧暦十二月の卦ですが、八ヶ月後には陰が盛んな風地観の時期となり、陽が衰える、という意味です。勢いのある今こそ、必ず来る衰えの時を警戒せよ、という戒めです。

「甘臨」と「至臨」の違いは何ですか?

甘臨は、巧言令色──甘い言葉とやわらかな態度だけで人に臨むことで、うまくいきません。至臨は、至極の真心をもって人に臨むこと。表面の愛想か、誠実さかという正反対の態度を示します。

地沢臨は、どんな悩みの時に響く卦ですか?

人を育てる立場に立った時、部下や後進への接し方に迷う時、愛想よくするか厳しくするか悩む時、勢いのある時期の慢心を戒めたい時などに響きます。