易経のことば ── 人生をよむ | 第十六回
雷地豫とは
喜びの時こそ、溺れず備える
春の雷が地を割って轟き、草木がいっせいに芽吹く。天地が、悦びに賑わう──。人生にも、そんな喜びに満ちた、気分の弾む時があります。けれど、易経はそこに、そっと二つの知恵を添えます。「道理に順って動くこと」と、「溺れず、備えること」。喜びの時の過ごし方を説いた卦、「雷地豫(らいちよ)」です。
この卦をひとことで
雷地豫(らいちよ)は、易経・六十四卦の第16卦。雷(震☳)が地(坤☷)を出て奮い動き、万物が芽吹いて賑わう形で、「豫=悦び楽しむ」喜びの卦です。同時に「豫=あらかじめ備える」意味も持ちます。卦辞は〈豫、利建侯行師〉。核心は──時勢と道理に順って動けば天下も和み楽しむこと、そして喜びに溺れず備えることにあります。
01 ── 象(かたち)雷が、地を出て奮う
雷地豫は、上に雷(震☳)、下に地(坤☷)を置いた卦です。公田連太郎は、大象を「雷、地を出でて奮う」と読みます。冬のあいだ地の底に潜んでいた陽気が、春になって雷とともに地を割って躍り出る。花が咲き、草木が芽吹き、天地のあいだが悦びに賑わう──それが豫の象です。生命がいっせいに湧き立つ、あの春の高揚感を思い浮かべてください。
この卦は、六つの爻のうち陽爻がただ一つ(九四)。残る五つの陰爻が、みなこの九四のもとで悦び楽しみます。そして豫という字には、二つの意味がある。ひとつは「悦び楽しむ」。もうひとつは「あらかじめ(予)=備える」。喜びと、備え。この二つを同じ一字に込めたところに、豫の卦の深さがあります。
02 ── 卦辞(かじ)「順って動く」喜び
豫。利建侯行師。
豫は侯(こう)を建て師(し)を行(や)るに利(よろ)し。
出典:公田連太郎『易経講話』雷地豫
豫は、悦び楽しむ、めでたい卦です。だから、諸侯を建てて国を治めさせ、軍を動かして大事を行うにも良い。人々が和み楽しんでいる時は、大きなことも順調に運びます。
そのカギが、彖伝の順以動(順って動く)です。公田は、こう説きます──天地も、道理に順って動くから、日月は運行を過たず、四季も狂わない。聖人も、道理に順って動くから、刑罰は少なくて済み、人々が心服する。喜びは、わがままや勢い任せから生まれるのではない。時勢と道理に順って動くところに、天地も人も和む、本物の喜びが生まれる。だから彖伝は「豫の時義、大なるかな」と讃えるのです。
03 ── 人生に置きかえると浮かれる時ほど、落とし穴がある
雷地豫が響くのは、物事が順調で、気分が弾んでいる時です。うまくいっている。楽しい。周りも盛り上がっている。前回の「謙(へりくだり)」の次に、この喜びが置かれています。序卦伝いわく大いに有ってよく謙れば、必ず豫(よろこ)ぶ。大きく持ち、なお謙る者に、心からの喜びが訪れる。喜びは、謙虚の先にある、正当なご褒美なのです。
けれど、豫の卦には、他の吉卦にはない「影」があります。それは油断・放漫・耽溺。公田は「豫は本来めでたい卦だが、景気がよい時ほど、それに処するのが難しい」と言います。楽しさに溺れ、浮かれ、気を抜くと、喜びはたちまち崩れる。だからこの卦は、六つの爻のうちいくつかに、はっきりと「凶」や「悔」を置きました。喜びの卦が、喜びに溺れることを、いちばん強く戒めている──ここに、豫の逆説的な深さがあります。
次の六爻は、喜びとの付き合い方、六つの姿です。浮かれ騒ぐ者、節度を守る者、媚びて耽る者、皆を和ませる中心、実権を委ねる者、そして溺れきる者。あなたのいまの喜びは、どの爻に近いでしょう。
04 ── 六爻(ろっこう)溺れる楽しみ、節度ある楽しみ
豫の六爻は、喜びとの距離感を描きます。溺れれば凶、節度を保てば吉。中心の九四が、皆の和楽をもたらします。
悩みの場面:人のお陰で得た地位に、浮かれ騒ぐ/自慢げにはしゃいでいないか
鳴豫=喜びを、声高に鳴らして得意になる。公田は、初六を「大きな後ろ盾(九四)の縁故で得意になり、心が驕り高ぶって浮かれ騒ぐ小人」と読み、凶とします。自分の力でなく、人のお陰で得た喜びに浮かれ、それを鳴らして自慢する。喜びの卦の最初に置かれた、いちばん危うい姿です。喜びは、静かにかみしめるもの。声高に鳴らした喜びは、崩れます。
悩みの場面:楽しくても、節度と潮時を保ちたい/溺れる前に切り上げられるか
この卦の、いちばん美しい爻です。介于石=石のように堅く節度を守る。不終日=去るべき時は、その日が終わるのを待たず、決然と切り上げる。公田は、六二を「中正の徳をそなえ、楽しみに溺れず、独り芯を保てる」姿と読みます。楽しい時ほど、石のように節度を保ち、潮時が来たら、ぐずぐずせず切り上げる。この「溺れない強さ」こそ、喜びを吉に変えます。
悩みの場面:力ある人に媚びて、楽しみに耽る/切り替えが遅れて後悔しないか
盱豫=上(九四)を見上げ、その力を頼んで、媚びながら楽しみに耽る。公田は、六三を「中も正もなく、権力者に媚び諂って、悦びに溺れる」姿と読みます。しかも悔い改めるのが遅れれば、悔いが残る(悔遅有悔)。楽しみに耽っていることに気づいたら、すぐ切り替える。ぐずぐずと遅れることが、後悔を大きくします。気づいた時が、やめ時です。
悩みの場面:皆を和ませ、楽しませる中心にいる/私欲でなく、皆のために動けるか
この卦の主爻。由豫=この人によって、皆が喜び楽しむ。公田は、九四を「唯一の陽爻として、五つの陰爻を束ね、天下を和楽させる中心人物」と読みます。自分の名誉や権勢のためでなく、皆を和ませ、喜ばせるために動く。だから疑いなく(勿疑)、志を同じくする仲間が自然と集まってくる(朋盍簪)。喜びの場をつくる人は、私欲を離れ、皆のために動く人なのです。
悩みの場面:実権を人に委ね、名目の立場にいる/それでも芯を保てるか
天子の位だが、実権は主爻の九四に。公田は、六五を「柔弱で実力は十分でないが、中の徳を保ち、常に自らを憂え戒めるから、滅びない(恒不死)」と読みます。実権を有能な人に委ね、自分は名目の立場でも、中(芯)を失わなければ、身は保たれる。すべてを自分で握ろうとせず、人に任せ、けれど憂いと戒めだけは手放さない。委ねる者の身の処し方です。
悩みの場面:快楽に溺れきってしまった/それでも、やり直せるか
冥豫=喜びに溺れきって、心が真っ暗になる。豫の行き着く果ての、いちばん危うい姿です。けれど公田は、ここに救いを残します──すでに溺れきっていても、深く悔い改めて、行いを変えれば、咎はない(成有渝、无咎)。どんなに溺れても、気づいて変われば、やり直せる。喜びの卦は、最後に「改心すれば救われる」という希望を置いて閉じるのです。
05 ── 攻めと守り順に動き、溺れず備える
雷地豫の「攻め」は、喜びの力です。順以動──時勢と道理に順って動けば、天地も従い、人々が和み楽しむ。皆を喜ばせる中心(九四)となり、大きなことを順調に進める。喜びは、正しく用いれば、人を動かし、場を明るくする、大きな推進力です。
けれど、その喜びを崩さない「守り」こそ、豫の生命線です。ひとつは溺れないこと──石のように節度を保ち、潮時が来たら切り上げる(六二・介于石)。浮かれ騒ぎ(鳴豫)、媚びて耽り(盱豫)、溺れきる(冥豫)ことを、この卦は繰り返し戒めます。もうひとつが、豫=あらかじめ備えるという、もう一つの意味です。楽しい時、順調な時こそ、油断せず、来るべきものに備えておく。「重い門を構え、拍子木を打って、思わぬ賊に備える」──喜びの中に、静かな備えを忘れない。順に動き、溺れず、備える。それが、喜びを長く保つ作法です。
そして、人が心から喜び楽しんでいると、その人のもとには、自然と人が付き従ってきます。序卦伝いわく豫べば必ず随(したが)ふ有り。豫の次にくるのは、人が喜んで付き従う卦──「沢雷随(たくらいずい)」。喜びの先に生まれる「随(したが)う・随(したが)われる」関係を、いつか読んでいきましょう。
余白のひとこと ── 古典より
──志貴皇子『万葉集』
岩の上をほとばしる滝のほとりに、蕨(わらび)が芽を出す。ああ、春になったのだ──。萌え出づる生命の喜びを、これほど瑞々しく詠んだ歌はありません。雷が地を割って万物が芽吹く、豫の「雷出地奮」そのものです。この湧き立つ喜びを、溺れず、けれど心から味わう。それが、豫の卦の贈りものです。
06 ── まとめこの卦からの一言
- 喜びは、順って動くところに生まれる。「順以動」。わがままや勢い任せでなく、時勢と道理に順って動けば、天地も人も和む、本物の喜びが訪れます。
- 溺れず、切り上げる。「介于石、不終日」。楽しい時こそ石のように節度を保ち、潮時が来たら決然と切り上げる。浮かれ騒ぐ(鳴豫)は凶のもとです。
- 楽しい時こそ、備える。豫には「あらかじめ備える」意味もあります。順調で気分がいい時ほど、油断せず、来るべきものに備えておく。喜びと備えは、ひとつです。
雷地豫は、喜びに満ちたすべての人への、静かな手引きです。道理に順って動き、溺れず節度を保ち、楽しい時こそ備える。その作法が、湧き立つ喜びを、崩さず、長く味わわせてくれます。──ここまで、乾為天から豫まで、易経の入口の十六卦を歩いてきました。次の一歩は、喜びの先に人が付き従う「沢雷随」から。これからも、一卦ずつ、人生を読んでいきます。
FAQ ── よくある質問雷地豫のギモン
雷地豫とは、どんな意味の卦ですか?
易経・六十四卦の第16卦で、雷(震)が地(坤)を出て奮い動き、万物が芽吹いて賑わう形。「豫=悦び楽しむ」喜びの卦です。同時に「豫=あらかじめ備える」意味も持ちます。卦辞は〈豫、利建侯行師〉。時勢と道理に順って動けば天下も和み楽しむこと、喜びに溺れず備えることを説きます。
彖伝「順以動」とは、どういう意味ですか?
時勢や当然の道理に順って動く、という意味です。天地も順って動くから日月は運行を過たず四季も狂わない。人も道理に順って動けば、刑罰も少なくて済み、人が心服し、皆が和み楽しむ、と説きます。
「介于石、不終日」とは、どんな教えですか?
石のように堅く節度を守り、楽しみに溺れず、去るべき時はその日のうちに(終わりを待たず)決然と切り上げる、という意味です。喜びの中でも中正の徳を保つ理想の姿として説かれます。
雷地豫は、どんな悩みの時に響く卦ですか?
物事が順調で楽しい好調期の過ごし方に迷う時、浮かれや油断・耽溺を戒めたい時、楽しい時こそ備えたい時、皆を和ませる中心の役割を担う時などに響きます。