「いいね」に支配される心 ―― SNSと自己評価の市場化

「いいね」に支配される心 ―― SNSと自己評価の市場化

連載:現代の不安を易(えき)で読み解く
第2回 / 2026年6月13日|易stratgy.lab


スマホを開けば、いつでも誰かと繋がれる時代。それなのに、なぜ私たちはSNSを見るたびに、孤独や焦りを募らせてしまうのでしょうか。第2回のテーマは「SNSと自己評価」です。


スマホの中の「上方比較」という罠

友人の旅行写真、同年代の起業やキャリアアップの報告、きれいに整えられた暮らし——。SNSのタイムラインには、他人が「最も輝いている瞬間」の切り抜きばかりが流れてきます。心理学では、自分より優れた相手と自分を比べることを「上方比較」と呼びます。無意識の比較が自己肯定感を下げ、焦りを生むことは、多くの研究が指摘しています。

ここで知っておきたい数字があります。人類学者ロビン・ダンバーによれば、人間が安定した関係を保てる相手はおよそ150人が上限(諸説100〜250人)。この「ダンバー数」は、数万年前から変わっていません。私たちの脳は、本来「狭い村の数十人」と折り合えればよいようにできているのです。

ところがSNSは、世界中の「最も成功した人々」の情報を、毎日、何百万人分も脳に流し込みます。器(150人)をはるかに超える量の比較対象が、容赦なく注ぎ込まれる。脳が処理しきれず、「自分はこの群れの最底辺にいるのでは」という本能的な警報が鳴り続ける——これがSNS疲れの正体です。


易経が描く「亢龍、悔いあり」

易経の最初の卦、純粋な陽の力を表す乾為天(けんいてん)。その最後の段階に、有名な戒めがあります。

「亢龍有悔(こうりょう くいあり)」
——昇りつめた龍は、悔いる。

(公田連太郎『易経講話』乾為天・上九 p.161〜163)

公田連太郎はこう解説します。「亢とは余り過ぎるということ。高過ぎることを亢という」。空高く昇りすぎた龍は、もう昇る先がなく、退くことも忘れて、悔いを残す——。

SNSは、私たち全員に「もっと上へ、もっと評価を」と、際限のない上昇を迫ります。「いいね」の数、フォロワー数、インプレッション。数値という梯子を登り続けることを強いる。それはまさに、誰もを「亢龍」にしてしまう装置です。そして亢龍の行き着く先は、易が告げる通り「悔い」なのです。


第2回の処方箋:龍は、頭を隠してよい

乾為天には、もう一つ大切な言葉があります。「見群龍无首、吉(ぐんりゅう こうべなきをみる、きち)」——龍が頭を雲の中に隠している姿は、吉である、と。これは「陽剛強健でありながら、それを表に出さず、控えめにする道」(公田)を意味します。

力がないのではありません。力を、あえて内に収めておく。SNSで自分を大きく見せ続けなくていい。評価という梯子から一段降りて、頭を雲に隠す勇気を持つこと。それが亢龍の悔いを避ける、易の知恵です。

具体的には、タイムラインをただ眺める時間を減らし、本当に大切な数人との「深いやり取り」にエネルギーを使うこと。研究でも、受け身でSNSを眺める時間は幸福度を下げ、親しい人と直接交わす時間は幸福度を上げると分かっています。手の届く範囲の関係を耕すこと——それが「龍が頭を隠す」現代の形です。

次回は、仕事や働き方に直結するテーマ、「AI時代に揺らぐ”人間の価値”」について考えます。


易stratgy.lab / 易学で読み解く、現代の生きづらさ / 2026年6月13日

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