連載:なぜ、こんな時代になったのか ――人間心理から読む2026年の地図
**第6回 / 2026-06-03**
**この連載の軸:見えるものと見えないもの、どちらに寄りすぎても見失うものがある**
数字が示すもの
消費者態度指数は33.6だ(※1)。
100点満点で50が中立点——それを大幅に下回る。「これからよくなる」という感覚が、社会の土台から失われている。楽観シナリオを描ける経営者も従業員も、今や希少な存在だ。
数字は一つのことを示している。陰が、深まっているとみる。
易経「復」——底にあるもの
易経に「復(ふく)」という卦がある。地雷復——大地の下に、最初の雷鳴がかすかに響く。陰が極まったその底に、ひとつの陽が生まれる瞬間だ。易経はこう問う。
「復においてこそ、天地の心が見えるのではないか」と。
天地とは、わたしたち人間の思い通りにしたい、というエゴを許さない。しかし、この厳しい自然の運行というものは、環境や世の中の数多の不必要な価値観によって蓄積された余計なものを、山地剥という試練によって虚飾をはがし落とし、本当に純粋なものだけを抽出するための儀式であり流れである。
そしてそれに呼応するように、この激動の時代では上からの指示を待って行動するような旧来の再生の形ではなく、ひとりひとり、わたしたち個人個人という小さいものが本当の意味で自立再生する、そういう時の流れの兆しであるとも受け取れる。
「復」の前夜に問うこと
楽観シナリオが描けない状態は、易経では「終わり」ではない。「復」、つまりわたしたちの本質であり、天地と合致した全く自然な心の情動の復活の前夜だ。最も動けなくなる瞬間が、変化の起点になる。
今、問うべきは「いつになればよくなるか」ではない。旧来通り、誰かから与えられるもので変化をとどまらせてはいけない。それは、自分で自分の心や本当の復活を止めてしまうからだ。自分の心の中で問うべきは「自分の半径の中で、最初に動かせるものは何か」だ。
それが何かを知ることこそ、今の激動の時代の問いであり、虚飾をはがされて、うぶになった自分の心からの願いは何か——それが行動となる。
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**出典・参考資料**
※1 内閣府「消費動向調査」2026年5月(消費者態度指数33.6、前月比+1.4pt改善も50を大幅に下回る悲観優位が継続)

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