AIに「役立つ」を奪われたら ―― 人間の価値はどこにあるのか

AIに「役立つ」を奪われたら ―― 人間の価値はどこにあるのか

連載:現代の不安を易(えき)で読み解く
第3回 / 2026年6月13日|易stratgy.lab


毎日のようにニュースを賑わせる「生成AI」。その進化のスピードを前に、ふと「自分の仕事はどうなるのだろう」という不安がよぎることはありませんか。第3回は「AIと人間の価値」を考えます。


「役に立つこと」で測られてきた私たち

国際労働機関(ILO)は2025年7月、世界の雇用の約4分の1が生成AIによって何らかの影響を受けうると試算しました。絵を描き、文章を書き、プログラムを組む——かつて「人間にしかできない」とされた領域に、AIが次々と踏み込んでいます。

ここで生まれる不安の本質は、単なる失業への恐れだけではありません。近代社会は長らく、人間の価値を「どれだけ役に立つか」「どれだけ生産性が高いか」で測ってきました。その物差しで自分を支えてきた人ほど、自分を遥かに凌ぐAIの登場に、「役に立たない自分には、価値がないのではないか」という根源的な揺らぎを感じてしまうのです。


易経の「乾(する力)」と「坤(在る力)」

易経は、世界を二つの根源的な力で読み解きます。乾(けん)は天の力——常に活動し、進み、生み出し続ける純粋な「働き」のエネルギー。公田連太郎は乾をこう讃えます。

「大なるかな乾元、万物 資(と)り始まる」
——なんと偉大な乾の力よ。万物はこの力によって始まる。

(公田連太郎『易経講話』乾為天・彖伝 p.164〜165)

もう一つが坤(こん)——地の力。受け容れ、育み、ただ「在る」大地のエネルギーです。乾が「する(Doing)」なら、坤は「在る(Being)」。易の世界では、この二つが交わって初めて、万物が生まれます。

考えてみれば、AIとは究極の「乾」です。休まず働き、無限に生み出す。けれど第2回で見たように、易は「亢龍有悔」——昇りつめ、働きつめた龍は悔いると戒めます。「する」を極めた先には、行き詰まりが待っているのです。


第3回の処方箋:「する」から「在る」へ

AIがどれほど優れた成果(Doing)を出しても、AIには「在ること(Being)」がありません。雨上がりの空を見て心を動かすこと、誰かと同じ時間をただ過ごすこと、悲しむこと、味わうこと——これは坤の領域、人間にしか宿らない価値です。

AIに「する」を任せられる時代だからこそ、私たちは肩の荷を一つ下ろせる、とも言えます。「役に立たねば」という乾の物差しを一旦置いて、「ただ在る」自分の坤の価値に目を向ける。生産性の競争から降りて、味わい、感じ、つながる——その豊かさこそ、AIが決して代われない人間の領域です。

仕事においても、「速く正解を出す」ことはAIに譲り、「なぜそれをやるのか」「どう在りたいのか」という問い——意味や志の部分——にこそ、人間の出番が残ります。乾を手放すのではなく、乾と坤の両方を取り戻すこと。それが易の説く調和です。

次回は、これらの不安を社会の底から増幅させている最大の病、「過剰な自己責任と孤独の罠」を、易の「天地否」で読み解きます。


易stratgy.lab / 易学で読み解く、現代の生きづらさ / 2026年6月13日

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