「普通」が崩れた時代の不安 ―― 消えた人生設計とインフレ
連載:現代の不安を易(えき)で読み解く
第1回 / 2026年6月13日|易stratgy.lab
この連載では、現代を生きる私たちが抱える「うっすらとした生きづらさ・不安」の正体について、東洋の古典『易経』の知恵を手がかりに、全5回にわたって紐解いていきます。
第1回のテーマは、最も多くの人が直面している「経済と将来へのプレッシャー」です。
「お金が足りない」の裏にある本当の焦り
「また値上げか……」とスーパーの棚を見上げ、ため息をつくことが増えていませんか。実際、賃金は物価に追いついていません。2025年の実質賃金は前年比1.3%の減少で、これで4年連続のマイナスとなりました(厚生労働省・毎月勤労統計)。名目の給料は上がっても、物価の上昇がそれを上回り続けているのです。
そして、ある調査では40〜64歳の約9割が老後のお金に不安を感じているといいます(生命保険文化センター等)。けれど、私たちが本当に怯えているのは、単なる「お金が足りない」ことではないかもしれません。
その奥にあるのは、「かつて社会が示してくれた『標準的な人生設計』そのものが消えた」という、迷子のような感覚です。学校を出て、会社に勤め、年功で賃金が上がり、家を買い、年金で老後を過ごす——この一本道の「脚本」が、もう通用しなくなりました。
易経が教える「平らかなものは、必ず傾く」
ここで易経を開いてみましょう。易の六十四卦のうち、最も安らかな調和を表すのが地天泰(ちてんたい)という卦です。天と地の気が交わり、万物が育つ、平和な象(かたち)。けれどその地天泰の中ほど、九三という段階に、こんな言葉が置かれています。
「无平不陂、无往不復(へいかにしてかたむかざるなく、ゆきてかえらざるなし)」
——平らかなものはいつか必ず傾き、往ったものはいつか必ず復ってくる。(公田連太郎『易経講話』地天泰・九三爻辞 p.24〜27)
易は三千年前から知っていました。「ずっと右肩上がり」という状態は、この世に存在しないと。平らかな道はいつか坂になり、行ったものは巡って還ってくる。すべては循環するのが、天地の理(ことわり)なのです。
とすれば、私たちが失った「一直線に豊かになる人生脚本」は、もともと易の理に反した、つかのまの幻だったのかもしれません。高度成長という特別な平地が、たまたま長く続いていただけ。坂が現れたことに絶望する必要はなく、「坂もまた巡り、いつか平らに復る」と知ることが、易の与える最初の希望です。
第1回の処方箋:脚本を手放し、循環を生きる
消えた脚本にしがみつくのをやめると、不安は少しほどけます。大切なのは、社会が用意した一本道ではなく、自分の足元で「いま往き、いつか復る」小さな循環を耕すことです。
もう一つ、易の九三は「艱貞(かんてい)なれば咎なし」とも言います。坂道の途中でも、慌てず、誠実に正しい道を守っていれば、大きく崩れることはない、と。先の見えない時代に怯えるより、いま手の届く暮らしを丁寧に整えること。それが、循環の時代をしなやかに生きる構えです。
次回は、この経済的不安を背後から増幅させている「SNSによる自己評価の市場化(他者との比較)」について、易の「亢龍(こうりょう)」の知恵で読み解きます。
易stratgy.lab / 易学で読み解く、現代の生きづらさ / 2026年6月13日

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