なぜ「阿吽の呼吸」は次世代に伝わらないのか―― 包括的思考の罠と承継の危機
連載:日西思考と地天泰経営
第2回 / 2026年6月13日|易stratgy.lab
一見、明るいニュースがあります。
日本企業の後継者不在率は2025年に50.1%と過去最低を更新し、7年連続で改善しています(帝国データバンク)。「誰が継ぐか」という問いは、着実に解決に向かっているのです。
しかし同時に、休廃業・解散した企業は2025年に67,210件と3年連続で過去最多を更新しました(東京商工リサーチ)。退出した企業の代表者の90.6%が60代以上、80代以上だけで34.0%を占めます。
この「不在率が改善しているのに、退出は過去最多」という矛盾は何を意味しているのか。
答えはシンプルです。「誰が継ぐか(形式)」は進んでいるが、「何を継ぐか(中身)」が間に合っていない企業が、大量に市場から退出しているのです。
1. 承継における「暗黙知のブラックボックス化」
日本型組織では、長年の経験に基づく技術やノウハウが「言葉にならない感覚(暗黙知)」として蓄積されます。「技術は見て盗むもの」「感覚で覚えるもの」という職人的なアプローチは、かつては高品質なものづくりを支える原動力でした。しかし、この手法は「属人化」と「再現性の喪失」という致命的なリスクを伴います。
なぜ明文化を避けてしまうのか?
前回見たように、包括的思考を持つ人は、業務プロセスを切り離して「手順化・マニュアル化(分析的分解)」することを無意識のうちに嫌う傾向があります。
「そんな単純なステップに分けられるものではない」
「全体のバランスやその場の状況(文脈)で判断が変わるのだから、マニュアル化など不可能だ」
——この感覚は、多くの職人的な経営者が持つリアルな実感でもあります。
しかし、この「分解することへの拒絶」が続くと、二つの事態を招きます。
- 承継の時間切れ: 創業者や熟練のキーマンの頭の中にしかない判断基準が、突然の引退や体調変化のタイミングで永遠に失われてしまう。
- 再現性の欠如: 感覚に基づく技術は、その人一代限りのものとして終わり、組織として次の世代が引き継げない。
ここで重要なのは、マニュアルを作れば解決する、という話ではないことです。
知識経営論(野中郁次郎・竹内弘高『知識創造企業』)によれば、暗黙知(個人の経験、勘、直観に基づいており、言語や数値で説明することが困難な知識やスキル)が組織に根づくまでには、
- 言語化する
- 体系化する
- 次世代が実践の中で身体化する
という三段階の螺旋が必要です。文書化して「はい終わり」では、後継者は形だけを受け取り、使えない知識の山を抱えることになります。承継の本番は、**後継者が実際に「動かせる」ようになる段階**まで続きます。
2. 「世間体」と「迷惑回避」による発信機会の損失
もう一つの罠は、対外的な発信における「過剰な自制」です。
日本の「相互依存的自己観」の底には、常に「周囲との調和を乱さないこと」「他者に迷惑をかけないこと(世間体)」への強い意識があります。これが経営においてポジティブに働くと、誠実な顧客対応や地域との共生になります。しかしネガティブに働くと、「価値ある取り組みの自己規制」につながります。
- 出る杭は打たれるという恐怖: 自社の優れた技術や独自の理念を積極的にアピールすることを「傲慢に見えるのではないか」と恐れ、発信を控えてしまう。
- 完璧主義による発信の遅れ: 「まだ準備ができていないから」「周囲の合意が完全に得られていないから」と先延ばしにし、市場における存在感を失ってしまう。
どれほど素晴らしい技術や理念を持っていても、それが正しく伝わらなければ、長期的な経営の持続は困難になります。
3. 強みが弱みに反転する構造
整理すると、日本型経営における包括的思考の罠は、以下の構造になっています。
【強み(包括的思考)】
・関係性の重視・阿吽の呼吸・世間への配慮
↓(無条件の依存・過剰化)
【弱み(機能不全)】
・プロセスのブラックボックス化(暗黙知の属人化)
・次世代への承継失敗(再現性・身体化の欠如)
・発信の自己規制(市場での存在感低下)
冒頭の「ねじれ」に戻りましょう。後継者不在率の改善は「誰が継ぐか(形式)」の問いに答えています。しかし、高齢代表者の大量退出と「後継者難」倒産(2025年1〜9月に332件・過去2番目の高水準)が示すのは、「何を継ぐか(中身)」という問いに答えられなかった企業の実態です。
易学の観点からは、これは**泰の九三**の爻辞「无平不陂、无往不復(平らかにして陂かざるなく、往きて復らざるなし)」が告げる警告そのものです。泰平の頂上こそ、衰えが始まる転換点。最も好調に見える状態の内側に、すでに崩壊の種が宿っている——。暗黙知の属人化は、組織が「うまく回っている」間こそ見えにくいものです。
次回は、この課題を解決し、日本の「和の強み」を西洋の「論理的仕組み」で持続可能にする「地天泰(ちてんたい)」の融合経営モデルを提示します。
次回予告
第3回:和の土台を論理の盾で守る「地天泰」経営 〜見えない価値をシステムで持続させる〜
易stratgy.lab / 経営者のための易学コンサルティング / 2026年6月13日

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