易経のことば ── 人生をよむ | 第十三回
天火同人とは
心を合わせて、共に進む作法
塞がりの時を抜けると、人はまた、誰かと手を結びます。志を同じくする仲間と、心を合わせて大きなことを成す。──けれど、その「協同」には、落とし穴があります。身内だけで固まると、かえって力を失うのです。公平に、広く、心を合わせる作法を説いた卦があります。「天火同人(てんかどうじん)」です。
この卦をひとことで
天火同人(てんかどうじん)は、易経・六十四卦の第13卦。天(乾☰)の下で火(離☲)が上へ燃え上がり、天と協同一致する形で、「人と心を合わせ、志を同じくする」協同・大同団結の卦です。卦辞は〈同人于野、亨、利渉大川、利君子貞〉。核心は──身内で固まらず、公平無私に、広く人と心を合わせることにあります。
01 ── 象(かたち)火は、天へ燃え上がる
天火同人は、上に天(乾☰)、下に火(離☲)を置いた卦です。公田連太郎は、この象を「火の性質は燃えて上へ昇り、上の天に向かって協同一致する」と読みます。火が、天という大いなるものへ、まっすぐ燃え上がっていく。下の者が、上の大きな志へ、心を合わせて向かっていく──それが同人の姿です。天と日(火)は密接に結びつき、ともに西へ運行する。その一体感が、協同の象徴です。
この卦は、六つの爻のうち陰爻がただ一つ(六二)。残る五つの陽爻が、みなその六二と結ばれようと求めます。前回の「比(親しみ)」と似ていますが、同人はより「志を同じくする」協同に重きを置きます。ただ仲良くするのではなく、同じ目的に向かって心を一つにする。その協同の作法を、この卦は説きます。
02 ── 卦辞(かじ)「野で、人と同じくする」
同人于野。亨。利渉大川。利君子貞。
人に同じくするに野(の)を以てす。亨(とお)る。大川を渉るに利し。君子の貞に利し。
出典:公田連太郎『易経講話』天火同人
協同の卦の、いちばんの鍵が最初の一句にあります。同人于野──人と心を合わせるのは、「野」で。公田は、野を「城の外の、広く開かれた場。公平で、私心のないところ」と読みます。身内の閉じた輪の中ではなく、広く開かれた場で、公平無私に協同せよ。私党を組み、身内の利益を謀るような協同は、同人ではないのです。
だから利渉大川=公平に心を合わせれば、大きな川(困難)さえ渡れる。そして利君子貞=そのためには、公平と正義を固く守ることが要る。公田は、彖伝を引いてこう締めます──「ただ君子のみが、天下の人々の志を通じ合わせることができる」。狭い身内でなく、広く公平に。それが、心を一つにする力の源です。
03 ── 人生に置きかえると公平に、心を合わせる
天火同人が響くのは、誰かと力を合わせて、何かを成そうとする時です。チームで動く。仲間を集める。志を共にする人と組む。組織やコミュニティをまとめる。──前回の「否(塞がり)」を、人と人の協同が開く。序卦伝いわく物は終に否に終る可からず。どんな逆境も、人が心を合わせれば、必ず開けていきます。
ただし、同人の卦がいちばん厳しく戒めるのが、「身内で固まること」です。気の合う仲間、身内、派閥──閉じた輪の中の協同は、居心地はいいけれど、規模が小さく、大きなことは成せない(後で見る六二の「吝」)。易が理想とするのは、野で同じくする=公平で開かれた協同。心を合わせる相手を、身内に限らず、広く公平に求める。そこにこそ、困難を越える力が生まれます。
次の六爻は、協同の六つの姿です。門を出て公平に交わる者、身内に閉じる者、力ずくで奪う者、無理押しを思いとどまる者、妨害を越えて大同する者、そして遠くで志す者。あなたのいまの協力は、どの爻に近いでしょう。
04 ── 六爻(ろっこう)門を出るか、身内に閉じるか
同人の六爻は、協同の広さと、そこに至る道のりを描きます。焦点は、たった一つの陰爻(六二)を、誰が、どう得るか。そして最後の大同(九五)は、妨害を越えてはじめて成ります。
悩みの場面:内輪に閉じず、開かれた場でつながりたい/身内を超えて交われるか
門を出て、外の広い場で人と心を合わせる。公田は、初九を「私心なく、公平に人と交わる」姿と読み、象伝も「門を出て人に同じくす、また誰か咎めん」と讃えます。協同の入口は、自分の内輪(門の内)に閉じず、外へ出て、広く公平に人と交わること。開かれた場から始めれば、咎はありません。同人は、まず「門を出る」ところから。
悩みの場面:身内・仲間内だけで固まってしまう/派閥や内輪びいきになっていないか
この卦の主爻でありながら、戒めの爻です。同人于宗=身内(宗族)だけで心を合わせる。公田は、これを「柔順で中正だが、身内にのみ心を寄せ、他を顧みない。規模が狭く、恥ずべき(吝)」と読みます。気心の知れた仲間だけで固まるのは楽です。でも、それでは大きなことは成せない。同人の理想は「野」=開かれた公平さ。身内びいきは、協同の最大の落とし穴です。
悩みの場面:力ずく・策略で仲間を得ようとする/奪い合いになって行き詰まる
兵を草むらに伏せ、高台に登って機会をうかがう。公田は、九三が「力ずくで六二を奪おうとするが、相手(九五)が強く、三年も動けない(三歳不興)」姿と読みます。協同すべき相手を、力や策略で奪い取ろうとすれば、かえって強敵に阻まれ、長く立ち往生する。仲間は、奪うものではなく、心が通じて集まるもの。力ずくの協同は、成りません。
悩みの場面:強引に進もうとして、思いとどまれるか/筋の通らない争いから引き返す
城壁の上に登って攻めようとするが、攻めきれない。けれど、これが吉になる。公田は「無理押しは正しくないと悟り、自ら思いとどまって正道に復る(困而反則)から吉」と読みます。強引に奪おうとして城壁まで登っても、そこで「これは筋が通らない」と気づき、引き返せる。過ちの途中で自らを正せること──それが、九三と九四を分けます。引き返す勇気が、吉を呼びます。
悩みの場面:障害だらけで、心が通じない/それでも最後に結ばれると信じられるか
この卦の成卦の主爻。最初は妨害に阻まれて泣き叫び、後に笑う。公田は、九五が「九三・九四の妨害に隔てられ、六二の賢人と会えずに泣くが、中正の徳で妨害に打ち勝ち、ついに大同団結して笑う」姿と読みます。心を合わせるべき相手との間に、障害はつきもの。すぐには通じ合えない。けれど、誠実さ(中直)を貫けば、泣いたあとに、必ず笑える。大同団結は、一足飛びには成らず、忍耐の先にあります。
悩みの場面:志はあるが、届く範囲が限られる/それでも悔いなく在れるか
都から遠く離れた郊外で、人と心を合わせる。公田は、上九を「孤立した位で、天下の人と協同したい志はあるが、まだ及ばない(志未得)。それでも悔いはない(无悔)」と読みます。広く世に届かせる志を持ちながら、いまはまだ小さな範囲でしか結べない。それでも、公平な志を失わずにいれば、悔いはない。届かなくても腐らない、静かな協同の姿です。
05 ── 攻めと守り公平を守り、大同へ進む
天火同人の「攻め」は、人と心を合わせて、大きなことを成す力です。公平に協同すれば、大川を渉る=険しい困難も越えられる。九五が妨害に打ち勝って大同団結するように、志を同じくする者が集まれば、一人では届かない場所へ進めます。
けれど、その攻めを健やかに保つ「守り」が、この卦の核心です。公平無私を守り(野に同じくす)、身内で固まらず(同人于宗の戒め)、力ずくで奪わず(九三)、筋が通らなければ引き返す(九四)。公田が繰り返すとおり、協同を壊すのは、私心・身内びいき・力ずくです。広く、公平に、誠実に。その守りがあってはじめて、攻めの大同団結が実ります。しかも、心が通じ合うまでには障害があり、泣いたあとにようやく笑える(九五)。協同は、公平さと忍耐の両輪で成るのです。
そして、人が心を合わせて協同すると、その先には自然と多くのものが集まってきます。同人の次にくるのは、大いに豊かに所有する卦──「火天大有(かてんたいゆう)」。心を合わせた先に訪れる「豊かさ」を、次回は読みます。
余白のひとこと ── 古典より
──日本の古諺
凡人でも、三人が心を合わせれば、知恵の菩薩・文殊に劣らぬ知恵が生まれる──。一人では及ばぬことも、人が集えば大きな力になるという日本の教えは、同人の協同の力そのものです。ただし易は、ひとつ条件を添えます。その集まりは「野に同じくする」=身内で固まらず、公平に開かれていること。開かれた協同にこそ、文殊の知恵は宿ります。
06 ── まとめこの卦からの一言
- 協同は、「野」で。「同人于野」。身内の閉じた輪ではなく、公平で開かれた場で心を合わせる。私心なく広く協同してこそ、困難を越える力が生まれます。
- 身内で固まらない。「同人于宗、吝」。気の合う仲間だけの協同は居心地はよくても、規模が小さい。派閥・身内びいきは、協同の最大の落とし穴です。
- 泣いたあとに、笑える。「先號咷而後笑」。心を合わせるまでには障害がつきもの。すぐ通じ合えなくても、誠実を貫けば、忍耐の先で必ず結ばれます。
天火同人は、人と力を合わせるすべての人への、協同の手引きです。身内に閉じず、公平に開き、力ずくで奪わず、誠実に。障害があっても、泣いたあとに笑える。その作法が、一人では届かない場所へ、あなたを連れていきます。次回は、心を合わせた先に訪れる豊かさの卦──「火天大有(かてんたいゆう)」を読みます。
FAQ ── よくある質問天火同人のギモン
天火同人とは、どんな意味の卦ですか?
易経・六十四卦の第13卦で、天(乾)の下で火(離)が上へ燃え上がり、天と協同一致する形。「人と心を合わせ、志を同じくする」協同・大同団結の卦です。卦辞は〈同人于野、亨、利渉大川、利君子貞〉。身内で固まらず、公平無私に、広く人と心を合わせることを説きます。
「同人于野」とは、どういう意味ですか?
広い野原(公平で私心のない開かれた場)で人と心を合わせる、という意味です。私党を組んだり身内で固まったりせず、公明正大に広く協同一致してこそ、険しい困難も乗り越えられる(利渉大川)と説きます。
「同人于宗、吝」とは、どんな戒めですか?
身内・仲間内(宗)だけで固まって協同すること。象伝は「吝道なり(規模が小さく恥ずべき道だ)」と戒めます。狭い身内びいきの協同は、広い大同団結には至れない、という教えです。
天火同人は、どんな悩みの時に響く卦ですか?
チームで心を合わせて協力したい時、仲間づくりや大同団結を目指す時、派閥や身内びいきの弊害に悩む時、公平さと結束のバランスに迷う時などに響きます。