6つの問いが指し示す、一つの経営原則——外が乱れるほど、内側を整える

連載:数字と易経で読む経営現場——2026年、中小企業の判断軸
第7回(最終回) / 2026-06-04


この連載について

帝国データバンク、日銀短観、内閣府統計——現代のデータが示す「経営の現実」と、易経が3000年前から指し示す「構造の本質」を掛け合わせ、波乱の時代に中小企業経営者が保つべき判断軸を探ります。

この連載の軸:外の混乱を制御することはできない。しかし自社の内側を整えることは、今日から始められる。


6つの問いを、振り返る

この連載では、中小企業の経営者が2026年に直面している6つの問いを立てた。

AI時代の市場分断——自社はバリュー側か、プレミアム側か。Salesforceが+330%を記録する世界と、McDonald’sが-1%に沈む世界は、同時に存在している。

情報の波——「11.7兆円が溶けた」という言葉で経営判断を変えていないか。速い情報と正確な情報は、別物だ。

設備投資の判断——47.9%が止まっている中、その「判断のつかなさ」を単なる迷いではなく、未来への責任を背負うがゆえの葛藤として、正しく向き合えているか。

価格転嫁——「申し訳ない」という言葉の奥に隠された、経営者の孤独な忍耐。守るべき人々のために、その謙虚さに「守るべき一線」を引けているか。

人材と組織——退職型倒産118件の構造の中で、組織の断絶を修復できているか。「選ばれる会社」を作ることが、今の採用競争の本質だ。

危機局面の診断——自社が今「困」「蹇」「否」「復」のどこにいるかを、正確に測れているか。「まだいける」という感覚は、最も危険な誤認の入口だ。

6つは異なるテーマに見えて、一つのことを問い続けていた。

「外が乱れるときに、経営者は自社の内側に何を作っているか」


易経が示す、通じる状態の条件

易経に「地天泰(第11卦)」という卦がある。

地(坤・陰)が上にあり、天(乾・陽)が下にある。一見、天が地の下に潜る「逆さまな」配置だ。しかしこれが易経の中で最も「通じる」状態とされる。上に立つ坤(受け入れる力)が、下にある乾(創造する力)と向き合い、互いに引き寄せ合う。交感が生まれる。

「泰、小往大来、吉亨。」
(易経 第11卦 地天泰 卦辞)

小さいものが去り、大きいものが来る。吉にして通ず。

この卦の対になるのが「天地否(第12卦)」だ。天が上、地が下——表面は整って見えるが、天は上へ、地は下へと背を向け合う。交わらない。通じない。

社会的信頼が低下し、情報の波が判断を歪め、人が組織を去る——この連載で見てきた外の構造は、否の様相を呈している。しかし経営者には制御できない。

問いは一つだ。外が「否」であっても、自社の内側に「通じる力」を作れるか。


泰は、どこから始まるか

地天泰において、陽(乾・動く力)は下から始まる。上からの号令を待つのではなく、地の底から陽の気が静かに押し上がることで、交感が生まれる。

情報の流れが上下に通じていること
経営者の言葉が現場に届き、現場の声が経営者に届く。否の組織では、上が語りかけても下に届かず、下の声も上に届かない。泰は、その断絶が修復されるところから始まる。第2回で見た「判断の三層構造」も、第5回で見た「組織の設計」も、この一点に向かっている。

陽(動き・投資)と陰(守り・整備)が交感していること
攻めるだけでも、守るだけでも泰は成立しない。第3回の「様子見の問い」は、恐怖から流される「守り」と、戦略として選ぶ「守り」を分けることを求めた。第4回の「謙虚さの一線」も、同じ構造だ。

小さく積むことを、続けること
泰の卦辞の「小往大来」は、小さな動きを積み重ねることで大きな通じ方が生まれると読むこともできる。一度の大きな手ではなく、継続する小さな判断の積み重ねが、内側に泰を作っていく。


整えることは、今日から始められる

外の世界の混乱を制御することはできない。AIの普及スピードも、日銀の金利判断も、円相場も、社会の信頼水準も、一経営者の手には届かない。

しかし自社の内側を整えることは、今日から始められる。

情報への向き合い方を変えること。一つの投資判断を先送りしないこと。一人の従業員と向き合う時間を作ること。価格交渉の場で一線を引くこと。

それぞれは小さい。しかしその積み重ねが、外が乱れるときに自社の内側に「通じる力」を作る。


「天地交而万物通也。」
(易経 第11卦 地天泰 彖伝)

天と地が交わることで、万物が通ずる。

外が交わらない時代に、自社の内側だけに交わりを作ること。それが、波乱の時代を生き抜く経営者の、最も静かで最も強い仕事だ。


※易経引用は通行本に基づきます。本連載の分析データについては各回末尾の出典を参照ください。


連載「数字と易経で読む経営現場——2026年、中小企業の判断軸」 / 易stratgy.lab / 2026年6月4日

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