易の基本➁繫辞伝 天尊地卑上下貴賎の法則

Colorful autumn leaves against a clear blue sky. 易の基本

この世には、無駄なことはひとつもない

繫辞伝① 

天尊地卑。乾坤定矣。卑高以陳。貴賎位矣。動静有常。剛柔斷矣。以類聚。物以羣分。吉凶生矣。在天成象。在地成形。變化見矣。
(天尊く地卑しくして、乾坤定まる。卑高以って陣(つら)なりて、貴賎位す。動静、常有り。剛柔斷(さだ)まる。方は類を以て聚まり、物は羣(ぐん)を以て分かれて吉凶生ず。天に在りては象を成し、地に在りては形を成して、變化(へんか)見(あら)はる。)

天尊地卑。乾坤定矣。

天尊く地卑しくして…はまさに読んで字のごとくでありますが、天はとても高いところにあり、地は低いところにあって、天と比べたら卑しい(低い)のであります。しかしながら、卑しい、という言葉が今の現代人には語弊があるので補足しておくと

卑しい ⇒態度が低くて、自らへりくだる

の意味であり、大変徳の高いものであるからこそ、易の書物の(天)と(地)の働きとして定まったのであります。

卑高以陳。貴賎位矣。

卑高 ⇒天地の万物に高いものと卑しいもの(低いもの)がある
陣なる ⇒配置

卑とは、物事の基本になります。ですから、坤=地=卑は【土台、基礎】と読めます。

これらが詰み重ねられて高くなる

例① 

わかりやすく言えば会社の組織の中では新入社員が一番下にいます。その新入社員という立場は会社の道理を知らず、まだ経験もなく、積み重ねたものが何もない状態です。新入社員は、会社の一番下のピラミッドでは一番下です。はるか昔に積み重ね、土台をつくり、基礎をつくって高くなる。すなわち、平社員、係長、部長、課長、社長、会長という立場が存在し、一番上の位が一番高く尊い、となります。

例➁

天ははるかに高く、地の上に際限なく高く存在している。地は天の下に低く位している。地上においても山や沢や樹木草に至るまで、高低が存在している。この状態にかたどって貴賎の位は自然に定まる。

卑しいものが価値がない訳ではなく、尊いものだけが特別なのではなく、陰と陽の働きの仕組みを考えれば明らかなように、どちらも切っては切り離せない物である。

むしろ、与える陽のエネルギーよりも、卑しいとされている低いもの(土台・基礎)が大事なのであり、これが上下貴賎の立場を作る大本であり、上下貴賎の働きが正しくなされる為には絶対に卑である坤の働きが必要なのであります。

動静有常。剛柔斷矣

動静、常有り。とは天地万物に対しての言葉であって、

天地万物の陽は【常に動く】が原理原則。

天地万物の陰なるものは【常に静止する】が原理原則。

つまり、地震に例えると大地が動いているのではなく、天地万物の常に動く見えないエネルギーである陽のエネルギーが動いているから大地が揺れるに過ぎない、ということ。

剛柔とは、爻について指す言葉であり、剛は常に活動し続けて居るエネルギーであり、柔は常に静かにとどまっているエネルギーを指している。

・・わかる、定まる
・・~である

常に、天地万物の様なるものは活動しており、陰は静止しているものである。という意味

物事の状態を、動いているものと静かなるもので表して天地の働き、人の働き、環境の働きを区別して状態を移写するためにつくられた

以類聚。物以羣分。吉凶生矣。

類・・同じ
..集まる。
羣・・群

ある一定の集団には必ず同じものを目的として集まった集団だったとしても、必ず二つの集団のすみわけが存在して出来上がることである。必ずしもグループ、集団では一致団結ということはなく、陰と陽のグループができあがること。つまり、善人と悪人、賛成と反対など。その陰と陽の働きの結果がそれぞれの人間や環境に吉凶を生み出す

陰陽吉凶が栄えたり、衰えたりするのは自然の摂理であり、天地の間の万物が各々類を持って集まり、群を以て分かれるその繁栄衰退の象を映し出す

在天成象。在地成形。變化見矣。

天に在っては星々の動きや働きが象となり、地上にあっては大自然や動植物の働きを象と成している。見えない、手に触れないものを象といい、触ったり、実際に目に見えるものを形とする。

その変化を見たりしていれば、陰陽剛柔の変化や地球上に起こること、宇宙の変化なども調べることなく、易を眺め、文章を読み、そして該当する卦の働きの意味を知って、自分が成すべきこと、為さなくていいことを知り、正しく天道を読み、正しく天の道を歩むべきである、とする。

付き合う人が大事

自分が付き合う人によって良くもなり、悪くもなる

いい人と付き合うために必要なこと

人はいろんな側面でいろんな顔を持っています。それは自分も同じであって、同じ仲間の中に集まっているという段階で、自分が持っているものはその人たちと同じものである、ということです。

ですから、どのような環境にいてもわたしたちは類を持って集まり、群をもって分かれて吉凶を得るわけですから、人を見て、人を裁く前に自分を知り、自分を理解している人こそがこの吉凶の選択を間違わないようにできる人であり、天地の法則を知る努力をし、常に自分がどう生きるかを問い続けていく人こそが天道に適う生き方ができる

そのために必要なことは、土台と基礎が大事で、何が大事で何が大事じゃないかを知ることからだと思います。

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